トマトソースの夜
最近夏になると、職場のお客さまから商品にならないトマトをたくさんいただく。
まとめて全部トマトソースにして、冷凍して、夏の間少しずつ食べる。
トマトソースを作るときは、
石田千さんのエッセイ『窓辺のこと』を開く。
この本の、「万能トマトソース」というエッセイに出てくるレシピがとにかく良い。
玉ねぎを炒めて入れたり、コンソメと一緒に煮込んでみたり、真面目にちゃんと湯剥きをしたり、
ネットで色んなレシピを見て真似してみたけど、
この「万能トマトソース」が一番簡単で作りやすく使いやすいのだ。
味がシンプルだから和食にも洋食にも使えるところも良い。
にんにくやバジルは、入れたり入れなかったり、量が多い時は土鍋で煮込んだり、勝手にアレンジしている。
このいただきもののトマト、ものすごく美味しい。
ちょこっと塩味をつけるだけで旨味がバンバンでるこのトマトは、石田さんのレシピと相性がいい。
夕ご飯を終えて21時。
仕事着のまま台所に立って、泥遊びをする子供みたいに台所中トマトまみれにしてソースを仕込む。
煮込んでいる間に、エッセイの他のページを読む。
昔から、「東京なんて」と思っていた。
どこもかしこも混んでいて、深呼吸できるような場所もないし、
煩わしいことがたくさんありそう。
遊びに行くならいいけど、絶対住めないわ。なんて。
だけどこの本の中には、東京の下町で、
ご飯を作って、お茶を淹れて、本を書いて、買い物をして、お酒を飲んで、人と出会う
かっこうのつかない等身大の生活がていねいに書かれている。
住んでみたい!とは相変わらず思わないけれど、
こんなふうにどこでも変わらず人は生きているんだな。と、トマトソースの台所で、私の知らない東京に思いを馳せる。
どうしようもできない悲しいことがあった時、無力感に打ちひしがれたとき、自分の思考におぼれそうになった時、石田さんの本を開く。
読んでいるうちに、自分の家の自分の場所に、自分がすとんと帰っていく。
何があっても、何もなくても、毎日ご飯を作って、身体を洗って、部屋を片付けて、生きていく。そのための力が湧いてくる。
22時、なんだかテンションが上がってしまって、トマトの飛び散った殺人鬼みたいなTシャツのまま、ラジオをお供に散歩に繰り出す。
東京だったら職質されちゃうのかな。なんてニヤニヤしながら歩く。やっぱり私にはここが一番。
少し話がそれますが、
去年、古本屋さんで阿佐ヶ谷姉妹のエッセイを買って、めちゃくちゃ面白かった。
もともと応援していたのもあり、身内の話を聞いているような気持で、
平日のがらがらのココスに陣取ってむさぼるように読んだ。
基本的には、「家の中の輪ゴム」だとか「映画の好み」だとか「寝るときの向き」だとか、2人の地味な生活を深堀りしまくっている内容なんだけど、中でも町の人達とのエピソードがすごくあったかくて可笑しくて素敵なのだ。
もちろん文章のテイストは全く違うけれど、私はすごく石田さんのエッセイに通じるものを感じる……。
そんなことを考えながら読んでいたら、石田さんのエッセイにも出てきた「川秀」というお店が出てきて驚いた。ほらほらやっぱり。
下町が性に合う人共通の、人との距離感や、言葉の温度感があるのかな。
もう無くなってしまったらしいそのお店に、連れて行ってもらったような嬉しい気持ちになった。
「ほらここよきみじまさん」
これを読んだとき、
周りの人が自分よりずっと優れて見えて、
私には何もできない、何も貢献できない、とかぐるぐる考えながら仕事に食らいついていた時で、そんな折だったので、
巻末の対談でエリコさんが
ネタを書いている途中、いつの間にか気づいたら「好きなフルーツベスト5」とかを考えているときがあった
と言っているのが、あまりに平和すぎて、あやうく涙が出そうになった。
こういうんでいいんだ。
こんなところでほろり、としたのは読者の中で私だけだと思いますが、
それはさておき、肩の力を抜きたいときにとてもおすすめです。
言葉が好きな人の言葉を読むのは楽しくて栄養になりますね。
トマトソースの作り方も分かるし。
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