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あなたは文楽を知っていますか?

“文楽”が好きだ。

勿論、文楽の愛好家の幅は広く、その世界は深い。わたしごときが文楽愛好家を名乗れる気もしない。でも好きなのだ。とにかく好きなのだ。だって、文楽は面白いのだもの。

あなたが少しでも興味を抱けばいいと思って、この記事を書いている。

文楽とは何か。文楽協会のページにはこんなふうに紹介されている。


人形浄瑠璃文楽は、日本を代表する伝統芸能の一つで、太夫・三味線・人形が一体となった総合芸術です。その成立ちは江戸時代初期にさかのぼり、古くはあやつり人形、そののち人形浄瑠璃と呼ばれています。竹本義太夫の義太夫節と近松門左衛門の作品により、人形浄瑠璃は大人気を得て全盛期を迎え、竹本座が創設されました。この後豊竹座をはじめいくつかの人形浄瑠璃座が盛衰を繰り返し、幕末、淡路の植村文楽軒が大阪ではじめた一座が最も有力で中心的な存在となり、やがて「文楽」が人形浄瑠璃の代名詞となり今日に至っています

どうだわからないだろう。少なくとも文楽を初めて見た15年前のわたしはわからない。なんのこっちゃ。

文楽は、おっちゃんたちの芸能(舞台)だ。ひとりのおっちゃんが物語を何役も兼ねて語り、ひとりのおっちゃんが三味線を弾き、おっちゃんたちが三人がかりで一つの人形を操る。

おっちゃんたちがつくるのは、江戸時代から身近なストーリーだ。

浮気に悩む妻。上司と家族の間で悩むおっちゃん。恋する女。仕事を成し遂げようとする女。ダメな自分。親に期待する子供。

江戸時代から連綿と続くそれらの悩みをおっちゃんは、一人で語り上げる。時にはか弱い女、強い老婆、勇ましい将軍、ニートなダメ男。色んな人間として、おっちゃんが語る。おっちゃんの先に色んな人間がこだまする。

おっちゃんの語りは、おっちゃんの三味線が盛り上げる。三味線が語るのは、感情だ。悲しい。嬉しい。ムカつく。楽しい。おっちゃんは三味線で感情を伝えてくる。三味線は基本的にソロだ。ソロのギタリストのように、一人でわたしたちに訴えかける。

ボーカル(太夫)と音楽(三味線)、二人のバンドは、それを彩る役者で補完される。ミュージカルだ。

一体の人形を三人のおっちゃんが遣う。例えば三人の登場人物が話し合うシーンは、その裏で9人のおっちゃんがひきめしあうことで成立している。一体の人形を複数の人間が操ることで、人間を越えた繊細な人形が出来上がる。普通のドラマで感動しない人をも感動させる、人間を超えた人形がそこにある。

文楽は人間の文化が異常に高まった過剰な演劇だ。ドラマを通り越したその先を、おっちゃんたちが見せてくる。

あなたは、きっと文楽を見たことがないだろう。初めて聞いたもの。あるいは、教科書に載っている古臭いカビの生えたもの。きっとそう思うだろう。

でもそれは違う。江戸時代に始まった人類に早すぎる未来の演劇だ。

あなたはきっと文楽を見たことがないだろう。

だけれど、それが遅すぎるわけではない。今からでも早すぎるくらいだ。それは古臭い、眠った演劇ではない。

文楽は、あなたの少し先を進んでいる。


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