泣くな迷うな苦しみ抜いてブースターは望みを果たすのさ
ビーコル界隈が不穏である。
乗り切れぬままシーズンを終えようとしている今季。ついにはチーム崩壊を危惧される状況にまで陥っている。
熱心に応援を続けてきたブースターの中にはこうした状況に失望する者もいるだろう。いわんやコートで戦っている選手をや。ふがいない結果に泣きたい気持ちだろうし、プレイや采配が迷走することもあるだろう。苦しい・・そう、今は非常に苦しくつらい時である。
さて、話はがらりとかわるが、横浜市磯子区滝頭と聞いて何を思い浮かべるだろうか?
まあ、ビーコルブースターに問えばほぼ100%の確率で「ビーコルの練習場である『たきがしら会館』があるところ」との答えが返ってくるだろう。
けれども世間一般の人に同様の質問をしたら、次のような結果になる(※私の肌感覚です)
そう、滝頭といえば、昭和を代表する伝説の歌姫・美空ひばりさんの実家があった場所なのである。
実は私、むかーし昔に演歌・歌謡曲情報誌の編集を担当していたことがあり、ある時編集長が「よし!美空ひばりの特集をやろう!アンカーはこたろ、お前な」とものすごい無茶ぶりをしてきた。
当時20代の若造であった私は、強烈なプレッシャーで試合終盤の青木HCのようななんともいえない表情になったものである。
というのも、お嬢(ひばりさんの愛称ね)ファンの忠誠心たるや、それはそれはすごくて、「お嬢の特集?はっ?あんたみたいな若造にできるの?」となることが目に見えていたからである。
けれども私もひばりさんと同じく磯子で生を授かった者。「地元の大スターの特集をてがけられるなんて、こんなに光栄なことはない」と四苦八苦しながら取り組み、なんとか発刊するに至った。
そうして、ひばりさんの特集を手掛ける中で、私はある曲に引き込まれていった。
「人生一路」(作詞:石本美由起 作曲:かとう哲也)
である。
上の動画の冒頭で歌唱している曲だ。
この曲、いわゆるB面(若い方はわからないかな?)なのだが、ひばりさんがとても好んで歌っていた楽曲で、伝説となった東京ドームでの「不死鳥コンサート」のフィナーレに用いたことからも、ひばりさんにとって特別な曲だということがわかる。
聴けばおわかりいただけると思うが、軽妙なリズムとキャッチ―なメロディーをバックに、ひばりさんが人生一路――苦しくとも悲しくとも自分が決めたたった一つの路を力強く歩もうじゃないかと、意地を貫き望みを果たそうじゃないかとエールを送る「援歌」である。
作曲のかとう哲也氏はひばりさんの実弟だ。
偉大なスターを姉に持つ葛藤もあったのだろう、問題を起こしそれが火種となり世間のひばりバッシングを巻き起こすといったことも。
42歳という若さで亡くなっている。
そんな哲也氏が作曲した楽曲を、病魔からの再起をかけた一世一代のコンサートのフィナーレに採用したひばりさん。
そこには、たとえ問題を起こそうとも、それによって自分が迷惑をこうむろうとも・・・それでも、かけがえのない弟であった哲也氏に対する、ひばりさんの「家族愛」があったと私は想像する。
プロスポーツの世界はビジネスだ。
選手たちは所属チームのファンのために勝利を目指し努力を続けるが、その忠誠心は必ずしも永遠ではない。来季に契約が結ばれないとわかれば――もちろん最後までプロとしての矜持を見せるだろうが――ケガのケアも考えるし新たな契約アピールのためのスタッツ獲得に目を向けることもあろう。
運営スタッフのロイヤリティだって無限にあるわけではない。だれもが自チームのファンに嫌がらせをしようとなんて考えていない。けれど一生懸命考えた結果が、がんばって取り組んだ結果がピンボケになることもあるし、ミスもある。そんなときに批判を向けられ際限なく忠誠を強いられれば「あーあ。もういいや」と投げやりになるかもしれない。
世の中は「無常」で「非情」で、永遠なんてものはなくすべてが移ろい続ける。人は自分が思っているほど執着しないし、時に前触れなく情けを断ち切る。
ビジネスの世界から打算を消し去ることはできない。
選手も、スタッフも、社長だって、打算なくチームと向き合うことはできないだろう。
けれども、ブースターだけはそれができる。
ブースターにとって応援するチームは家族のようなものだ。
家族に愛を向ける時、そこにはなんら打算はない。
ただただ純粋に、応援したいという気持ちがあるだけだ。
今のビーコルの状況はいろいろと厳しい。ブースターも苦しいはず。
だとしても。チームに、そして選手に無償の愛を注げるのはブースターだけ。
泣くな迷うな苦しみ抜いて、いずれ訪れる宿願成就に向け、ありったけの愛を推しチームに、選手に注ごうぜ!
今のビーコルに必要なもの?
それはブースター皆の
「愛だろ、愛っ。」
ゴービーコ!
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