妄想の村で町へでかけた。

 娘から、今日は町に出かけようと言われた。町といっても、大きなお店が立ち並んでいるわけではない。そこには、一つのお店があるだけだ。半分農業、半分がお菓子屋をして、生計を立てている老婦人のお店を娘は”町”と呼んでいるのだ。老婦人は少し離れた村から、高原にあるこの村へ若い頃、嫁いできた。主は、10年前にはるかなる空へ旅立たれたが、変わったお菓子が評判だったのを思い出し、お菓子を売り始めたのだった。売るといっても、人々の住む世界から離れたこの村では、物々交換が主に交わされる手段だ。老婦人のお店は、完全予約制で、前の日には、ほしいお菓子を伝えておかなくてはならない。娘は、緑豆に砂糖を入れたものをライ麦粉で包んで焼きあげたお菓子をわんさか予約していた。代わりに、丸まる太った山バトを二羽与えた。狩猟すれば、わりと楽に手に入るものだが、男手が必要な食糧なので、老婦人は喜んでくれた。甘味のあるミートパイにして、お店で売ることもできるらしい。老婦人は、娘を店の奥に入れて、物語を教えてくれた。元々、子供好きで、商売を始めたようなところもあるのだ。私は、その間、目の前に置かれていた古い本を手にとった。小さな窓から入る木もれ日と、時おり聞こえる娘のわぁという声が、私を幸せな眠りへ誘っていく。

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