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ロシアに宣戦布告? - 英雄にあこがれて -

【0.はじめに】

2023年3月21日、日本の岸田首相はウクライナを訪問しゼレンスキー大統領と会談しました。
この際に大統領へ贈呈されたのが、岸田首相の地元、広島県宮島名産の「しゃもじ」でした。
全長50㎝ほどの大きさで「必勝」と書かれており、岸田首相の署名入りとのことです。

この「必勝しゃもじ」の贈呈が一部で波紋を呼んでいます。
「必勝しゃもじ」は日清・日露戦争の頃から、「しゃもじ」→「飯をとる」→「敵を召しとる」というダジャレの縁起物となりました。
以降現在まで「縁起のいい贈り物」として用いられています。

しかし「日本がロシアに勝った」日露戦争由来の縁起物のため、『ロシアに宣戦布告した』と受け取る人もいました。

いや、ちょっと待ってください。
「必勝と書かれたしゃもじ」を戦争の一方の当事者に贈ったぐらいで、もう一方に対する「宣戦布告」になるのですか?

宣戦布告もずいぶんと「お手軽」になったものですね。

もともとロシアは日本を「非友好国」と見なしています。
約一年前のことですね、もうロシアからは明確に「中立国」とはみなされていません。
ここは一つ、落ち着いて背景を調べてみることとしましょう。

【1.「必勝」は宣戦布告なのか?】

『「必勝」と書かれた縁起物を送ったから宣戦布告』・・・流石に論理が飛躍しすぎですね。

そもそも「ウクライナ必勝発言」は欧州各国の首脳から発せられています。
2023年2月18日に開催されたミュンヘン安全保障会議にて、イギリスの「スナク首相」は次のように発言しています。

『この状況を変えるには、ウクライナが勝利するしかない』
『今こそ、軍事的支援を倍増させるべきでしょう』

ミュンヘン安全保障会議での発言

同会議でドイツの「ピストリウス国防相」も『ウクライナがロシアの侵略に対する戦いに勝たなければならない』と発言しています。

また2023年2月24日にポーランドの「モラウィエツキ首相」も、ウクライナの首都キーウでゼレンスキー大統領に対して、直接次のように伝えています。

『ポーランドとヨーロッパはあなた方の側にいる』
『ロシアに完全に勝利するまでウクライナを支援する』

欧州首脳は以上のような「必勝発言」とともに「戦闘機」「戦車」「自走砲」「砲弾」などをウクライナに供給しています。

それに対して日本の岸田首相は「必勝と書かれたしゃもじ」をゼレンスキー大統領に贈呈しました。
そして軍事支援としては「防弾チョッキ」や「ヘルメット」を供給しています。

イギリスやドイツやポーランドは、ロシアに「宣戦布告」したことになるんでしょうかね?
そしてロシアはこれらの国々に宣戦布告していますか?

日本が「しゃもじ」で宣戦布告したことになるのなら、「しゃもじ」は「戦闘機」や「戦車」を越えるパワーを持っていることになります。
恐るべし「しゃもじパワー」ですね。

まあ、真面目に言うとロシアが「宣戦布告」と見なすのは「プーチン大統領の逮捕」です。
これに関しては、ロシアはドイツに対してかなり「直接的な恫喝」を行っています。
「しゃもじ」に対しては、このような直接的な恫喝は行っていません。

【2.「必勝しゃもじ」の意味】

岸田首相がゼレンスキー大統領に贈呈した「必勝しゃもじ」に込められた意味はなにか?

はやり「日露戦争」由来の縁起物なので、日露戦争の戦訓が込められているように思えます。
ここで日露戦争を振り返ってみましょう。

日本(大日本帝国)は1894年の「日清戦争」で勝利し、朝鮮半島と遼東半島、台湾などの利権を獲得しました。
しかしその後、1895年の「三国干渉」で遼東半島の利権を失います。

ロシアはこれにより満州と遼東半島の利権を手に入れ、さらなる「南下」を目指します。
ここで日本と直接利権を争うことになり、1904年に日露戦争が勃発します。

ロシアと相対することになった日本ですが、もともとロシアの国力は日本の「10倍」とも言われていて、長引くほどロシア有利でした。
なので早くからアメリカを仲介に「講和」の準備を進めてきました。

当然ロシアも長引けば有利ということは知っていたので、簡単には講和に乗りません。
ロシアを講和に向かわせたのは、やはり「戦場での勝利」でした。
「旅順(203高地)」「奉天」「対馬(日本海海戦)」と日本は大きな犠牲を払いながらも勝利を重ねました。

そしてこの「戦場での勝利」を上手く外交につなげ、有利な条件で講和条約を結ぶことができました。
つまり「外交的勝利」を得ることができたわけですね。
必勝とは「戦場で勝つ」だけではありません、最終的には「外交で勝つ」ことが必要なのです。

穿った見方をすれば、「必勝しゃもじ」には『いつまでもグダグダ戦ってないで、戦場で決定的な勝利を得てから外交交渉によって有利な条件で講和しろ』というメッセージが込めらているかもしれませんね。

さらに日露戦争の講和では、民衆の間で「日比谷焼打事件」のような「講和反対運動」も起こりました。
それでも明治政府は講和を断行します。

こちらも穿った見方をすれば、『民衆が多少反対しても、いいタイミングが来たらさっさと講和してしまえ』というメッセージがあるのかもしれません。

もし「必勝しゃもじ」の真意が『日露戦争のように戦場で決定的な勝利を得てから外交交渉で講和を目指せ』ならば、くしくもイギリスのスナク首相の見方と同じです。
まあ、これが西側諸国の常識的な見方なんでしょうね。
決して『死ぬまで戦え』のような戦争を煽るメッセージではないと思います。

これらのメッセージを直接ウクライナ政府に伝えたら、「主権侵害」「内政干渉」になってしまうかもしれません。
なので贈答品に意味を込めるのです。

外交では「食事」などにも様々な意味が込められています。
これらを読み解くのもマニアックな楽しみですね。

【3.ロシアの反応】

この「必勝しゃもじ」に対してロシア側はどのようなメッセージを受け取ったのか?

やはり「あまりいい気分ではない」ようですね。
ロシア国営タス通信では『ロシアへの挑発と捉えたもようで「奇妙なプレゼント」と不快感をもって伝えた』とあります。

そしてロシアのショイグ国防長官は、2023年3月22日に『千島列島北部パラムシール島に「バスティオン」ミサイルシステムを配備した』と発表しました。

はたしてこれは「ロシアの宣戦布告」なのか?
いや、そんなことはないでしょう。

まず、今回ロシアがミサイルを配備した「パラムシール島」は千島列島の北端の島で、射程500㎞のミサイルでは日本まで届きません。

もともとロシアは2022年12月に、千島列島にバスティオンミサイルを配備すると発表しています。
さらには千島列島の中頃にある「マツア島」や、日本に近い「択捉島」にもすでにバスチオンミサイルを配備しています。
今更日本に届かないミサイルを追加配備したところで、脅威としては大きく増大しません。

国際社会には「主権平等の原則」があり、国際法に違反しない手段で軍備を配備することは主権の範疇です。
つまり「自国のどこにどんなミサイルを配備」しても、国際法違反でない限りは他国は文句を言えません

本当に「share News Japan」の記事にある通り『自国領土に防衛ミサイルを配備することに対して日本政府が反発するのは名分もなく実益もない』のです。

これに煽られて騒ぐのは、さすがに「冷静さを失っている」と感じますね。
まずは落ち着きましょう。

【4.結論 まずは落ち着いて、「THE BLUE HEARTS」のメッセージ】

ここで唐突ですが、一つ曲を紹介します。
日本のパンク・ロックバンド「THE BLUE HEARTS」が1987年に発表したアルバム「YOUNG AND PRETTY」の中の一曲です。

「THE BLUE HEARTS」
「英雄にあこがれて」

うーん、やっぱりカッコイイですね。

でもこの曲は少し違和感を感じる曲です。
歌詞がかなり過激で好戦的なんです。

『惜しまれながら死んでいく 英雄にあこがれ』
『あんまり平和な世の中じゃ カッコ悪すぎる』
『ああ、宣戦布告! 手当たりしだい』

「英雄にあこがれて」歌詞

基本的に彼らは「LOVE & PEACE」の人たちなので、過激な歌詞でも好戦的な曲は少ない印象です。
やはりこの曲の歌詞には深いメッセージが込められているようです。

学校などの群衆の中で「一体感」や「同調圧力」に乗せられ、つい過激な言動をとってしまうことはよくあります。
『○○は敵だ!宣戦布告だ!』『最後まで戦うぞ!』なんてことを口走って、「英雄」になることを夢見てしまうこともあるでしょう。

しかし歌詞を書いた「甲本ヒロト」さんは、『まあ落ち着け、英雄なんかにあこがれてもロクなことないぞ』というメッセージをこの曲に込めたのかもしれませんね。
私もそのように感じます。

やっぱり『宣戦布告』などの過激な「強い言葉」には、一旦落ち着いて、よく背景を調べることが大事だと思います。
今ではネットもあります、私がこの記事を書くために集めた資料も2時間程で集まりました。
やっぱり「Google先生」は偉大です。

「強い言葉」を見たら、まずは一旦落ち着いて調べるクセをつけましょう。
それが「THE BLUE HEARTS」からのメッセージだと思います。