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知らない外国人に「ビブラートできなくてもいいよ」とフォローされた話

 4月6日18時30分。まだまだ明るい賀茂川の真ん中らへん、その左側、車道に近いあたりのベンチ、そこに俺がいた。ニトリの座布団を敷いて座っていた。
 
 俺は世界各国の有名どころの文学を一冊読む試みをしていて、約400ページある「ペスト」を乗り越え、ついに最後の「カラマーゾフの兄弟」に取り掛かっていた。

 寒さに強い体質とはいえ半袖半ズボンだと少し寒いな・・・と思いながらくだらない家族のくだらない内輪もめに目を通していると、突然、カクカクした声でなにかを言われた。

 両方のイヤホンが線でつながっていて首にかけられるタイプのワイヤレスイヤホンを外し、目線を本から上げると、そこには金髪碧眼の(これは差別的だがおそらく多くの日本人にとって)外国人らしい外国人がいた。歳は30くらい?顔も体も細長くて、目は丸く小さかった。短髪で髭は薄くさっぱりさわやかな服装をしてたと思う(ほかの印象が強くてあまりたしかではないが)。

 「あの・・・」

 「は、はい」

 「本、読んでるのいいですね」

 「ありがとうございます」

 「下駄も」

 「ええ」

 それだけ・・・?

 「さっき(下駄を)履いてそこ(俺が通った道を指して)を歩いてたのを見て、いいなと思いました」

 これは妙な話である。俺は30分くらい前からここにいた。彼は30分間、俺に「本を読んでていいね」「下駄いいね」と言う、そのタスクを抱えていたのか。

 しかし、本当に妙なのはここからだった。

 「ビブラートできますか?」

 「え?」

 「オーーー」

 「オーーー・・・・」

 「ロ~~~~~~!!」

 「オ、オーーー。すみませんできないです」

 そこに外国人の男の子が入ってきて「オ~」と、彼よりは拙いが俺よりは上手いビブラートを魅せた。

 「ロ~~~」

 ビブラートには詳しくないが、たぶんいいビブラートだったと思う。見慣れぬ外国人の顔だからか表情からなんの情報も読み取れなかった。

 「ビブラートできなくても、いいです。本を読むことはいいです」

 俺は、面食らっていたが礼儀として、口を閉じたまま若干微笑んで、ゆったりと頭を下げた。

 「・・・それじゃあ」

 そう言って彼は左のほうへ自転車を漕ぎ、去っていった。男の子はいつのまにかいなくなっていた。しばらくぼんやりとした。



 そのときの俺の脳内の5割を占めていたのは・・・困惑だった。本読むのいいね、下駄いいね、という普通の話からビブラートできますか?に繋げるという、俺に油断させておいてから奇襲する、巧妙なやり口にすっかりやりこめられて、ビブラートを試みてしまった。その上、子供にはマウントを取られ、ビブラートできなくてもいいという謎のフォローまでされた。

 もう3割は愉快さだった。俺は変なことが好きで・・・変というだけでどんなエンタメも好きになりそうなくらい。とくに意味不明なやつが好きだったから、なかなか良質な体験だったと言える。

 残り2割は「Noteのネタができたな」という打算だった。

 そして今この記事があるのである。

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