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「おかーさんごっこ」の話

(この原稿は2000年12月、娘がまだ幼稚園児だった頃に書いたものを微修正したものです)


この間、うちの4歳の娘に「今日は幼稚園で、何して遊んだの?」と訊いてみた。
答えは、「おかーさんごっこ」。どうやら、今、彼女たちの間では、一番ホットな遊びらしい。

「おかーさんごっこ」というのは、いわゆるオママゴトの末裔というか亜流のようなもので、主に「母+子供」という家庭環境を再現して遊ぶものらしい。
その数日後に、たまたま娘と同じタンポポ組(年中)の女の子が数人、我が家に遊びに来た。で、くだんの「おかーさんごっこ」を始めたので、その様子をしばし観察させてもらった。これがけっこうおもしろかった。

登場人物(というか設定されている主なキャラクター)は、以下の4タイプに分類される。

 ●おかーさん(母親)
 ●こども(幼稚園児以上の児童)
 ●ばぶーちゃん(幼稚園入園前の幼児、もしくは乳児。要は赤ちゃん)
 ●わんちゃん(犬。なぜかたいてい“ころ”という名前らしい)

一番人気は、『ばぶーちゃん』。
『こども』と『わんちゃん』が同率2位ぐらいで、最も不人気なキャラクターは『おかーさん』のようだ。
「おかーさんごっこ」という遊びであるにもかかわらず、場合によっては『おかーさん』不在であそびが展開されるケースさえあるようだった。
おいおい・・・なんかおかしいぞキミたち(笑)。

興味深いのは『おとーさん』が登場しないことだ。これは、大袈裟に言えば父性の喪失という現代の病を象徴している、なんてことになるのかもしれない。
テレビのコマーシャルを見ていると、家庭が舞台であるにもかかわらず父親が登場しないまま15秒間が終わってしまうものがけっこうある。この傾向が特に顕著なのは、ハウスのシチュー関係のCM。父親の介在する余地などないかのように15秒間の母と子の心温まる物語が展開されている。とほほ。
(註:2023年現在は、かなり状況が変わっているように感じる)

父親不在のモンダイは、今回はちょっと置いておくとして。
話を「おかーさんごっこ」に戻そう。

キャストの大半が『ばぶーちゃん』、『わんちゃん』という被保護者であり、彼らがやっていることといえば、「おなかへったばぶー」「ねむいばぶー」「あそんでほしいワン!」などと、本能の赴くままにわがままを言うだけ。
ややもすると『ばぶーちゃん』たちは、泣き喚き、手足をバタバタさせてのた打ち回るという演技過剰とさえ思える域に突入し、やがて本当に泣き出してしまう子も出てきて収拾がつかないこともしばしばあるようだ。
そういうみっともない役柄(笑)の方が『おかーさん』役よりも人気があるというのが不思議でしかたがない。本来、あれぐらいの年齢の子供っていうのは、自分がまだ赤ちゃんに毛が生えた程度であるにもかかわらず、やたらお姉さんぶってみたくなるものなんじゃないのかな?

とにかく、ぼくが想像していた古典的なオママゴトとは、随分乖離したものだったので、ちょっとびっくりしたんだよね。
オママゴトって漢字で書くと御飯事であって、基本は「調理→食事」という「キッチン&ダイニング」を舞台とする物語のはずなんだ。ところが、彼らがロールプレイングしている「おかーさんごっこ」は、主な舞台がリビングであって、必ずしも「調理→食事」というシーンは重要視されていない。根本的な構造が、すでに古典的なオママゴトとは別物なんだ。

ここでちょっと、ロジェ・カイヨワというフランスの社会学者に登場してもらおう。彼は、遊びというものを4つに分類している。

まず1つめは「アゴーン」。これは「競争」。プレイヤーが敵対関係になって、一つの境界の内部で争うタイプの遊びだ。サッカー、野球、ラグビーといった大半のスポーツは、この「アゴーン」に分類される。

2つめは「アレア」。ラテン語の「サイコロ遊び」のことで、相手の存在や勝ち負けよりも、見えない“運”と戯れることを遊びとするものを指す。トランプや花札、麻雀などはもちろん、“運”と戯れるという意味では占いなどもこれにあたる。

3つめ。「ミミクリ-」。これは、真似の遊び、すなわち“ごっこ”遊びにあたるものを指す。すでに先行している思索のパターンや行動のパターンを積極的に真似ることを遊びにしたものだ。

そして最後は「イリンクス」。めまい・痙攣・トランス状態を伴う自己編集的な遊び、と定義されている。阿波踊りなどの“祭り”やディスコでの熱狂などがこれにあたる。もともとはシャーマニズムを背景に発達したもので、忘我の渦中に入ることを意味するものである。

さて、古典的なオママゴトは言うまでもなく、3番目の「ミミクリ-」に該当する。じゃ、モンダイの「おかーさんごっこ」はどうだろう?
どうも、ぼくには4番目の「イリンクス」の要素が大きいように思えてならない。ごっこ遊びの枠組みの中とは言え『ばぶーちゃん』という、無責任に自己を爆発させることができるキャラクターを演じることに、彼女たちは快楽を発見したのだろう。
考えようによっては、これって、最近よく言われる「キレる」という行動を本能的に間引いている(この表現、他に上手い言葉が見当たらない)のかもしれない、なんていうのは都合良く考え過ぎかな。

・・・というようなことに思索を巡らせながら「おかーさんごっこ」という奇妙な遊びを眺めていると、我が娘がやって来て「パパもいっしょにあそぼう」と言ってきた。何の役がいいかと子どもたちが聞いてくるので「隣のおじさん」と答えたら「だめ~!」。

結局、ぼくも『ばぶーちゃん』役をあてがわれてしまった。冷静に考えると、幼稚園児相手に赤ちゃん役をやっている33歳って、ただの変態オヤジじゃん・・・。
(註:33歳かあ・・・私、現在55歳でございます)

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