見出し画像

判断基準の優先度、の話。

本当に小さい話から始めます。

先日のことですが、午後から珍しく街に出ました。用事を済ませてから、デパート(の地下)で弁当を買って帰ろうということになったのです。実はだいぶ前に頂いたデパート商品券が手元にあって長いこと塩漬けにしていて、それを使って景気よく美味しいものを食べよう!という話になっていたのです。

家族4人で食品コーナーをぐるぐる回って物色し、それぞれ気に入ったものを買いました。私は990円のハンバーグ弁当(的なもの)です。帰宅して、大変美味しくいただきました。それなりにボリュームもあり、私好みの味付けで満足です。

さて、食後の片付けをしていたら妻が気になることを言うのです。どうしてその弁当を選んだのか?と。「値段の割にボリュームもあり、肉が美味しそうだったから」と私は答えました。これはもう店頭でまさにそう思って買ったのであり、本心です。すると妻は、それなら良いんだけど、と言いつつ、しかし「その店は他の場所(デパート以外)にも出店している店なのだから、もっと違う、デパートならではの店の、値段の高い弁当を買っても良かったんだよ」と言うのです。

現に、この時子供らは、私より単価の高い鮪づくし丼(みたいなもの)を購入していました。実に子どもたちは遠慮がありません。私も子どもたちには、高いものは買うな、とは言わないようにしています。子供にはいいもの/好きなものを食べてもらいたい、その経験が重要なので、と思っているためです。まして今回は、塩漬けにしていたデパート商品券を使おうという前提でした。

にもかかわらず、私は、半ば無意識に、値段を気にした選択をしていたのです。上の文を読み直してみると「値段の割に」とはっきり言っていますね。判断基準の高優先のところに値段を置いているわけです。要するに、私は、高いものは買えないんですね。

実は、同じようなこと(=自分が値段を重視していることが明らかになること)をここしばらく繰り返し経験しています。例えば、最近は在宅勤務でよくコーヒーを飲むのでコーヒーメーカーを買おうかという話が妻との間で出たのですが、デロンギの全自動式コーヒーメーカー(のある機種)、これは機能・性能に優れたものなのですが、私にはちょっと躊躇するような値段です。一方で妻の立場では、これは各社各製品の中でもメインテナンスコストが最小になるもので素晴らしい、が置き場が確保できないから買えない、というロジックになります。
このような、自分にとっての高優先は値段であることが明らかになる事例が他にもいくつかあったのです。

このようなその人なりの判断基準というのは、一般的に、幼少の頃からの生育過程で形成されてくるものでそう簡単には変わらない、と言われます。自分を振り返ってみても、たしかにそうだよなあと思わずにはいられません。私の実家の、特に母は、非常に吝嗇だったなあと思うのです。

上で、子供にはケチケチさせていないと書きました。良いもの/ことを経験させたいと考えているからですが、これは見栄もあるかもですが本心でもあります。また、これまた上を見れば明らかですが、妻は私と違う判断基準でお金より高い優先度のものがあります。我が家での家計や子供に関係するものの判断基準は、必ずしも価格優先ではなく良いもの/必要なものは買う、ということでなんとなく双方合意として成立しており、これまで、特に問題はなく上手く回ってきていました。

家族での判断基準とは別に私個人の判断基準は値段優先でも、これまで特に問題はなかったのです。なのですが、コロナ自粛で家にいる生活が固定化されてきていたり、最近父が病気で倒れて人生振り返らざるを得なくなったりと(これについては稿を改めて書きたい)、自分の生活を見直したいと思うようになってきています。端的に言えば、ケチケチ生活していると、人生損しているんじゃないの?という気持ちになってきたということです。

欲しいものややりたいことがないわけではないのです。ただ、それに目をつぶってきたのではないかと。値段を理由に先送りしてきたのではないかと。先送りし続けたら、そのまま人生終わってしまうのではないか?気がついたときには年をとり体が動かなくなって、気持ちが維持できなくなって(これ重要)、そして世の中も変わってしまって、やりたいと思っていたことができなくなってしまうのではないか。

だからこれからは、判断基準の優先度を切り替えて、やりたいことを我慢しないようにしたいと思っているのです。そしてこれは、お金を理由に我慢するのをやめる、だけでなく、そのほかのことも言い訳にして着手しないのをやめる、という意味を含みます。
(さらに言うと、お金で制約を受けなくて済むように、お金を稼ぐこともやる、という意味も。)

ただまあ、上に書いたように、価値観はそんなに急には変わらないのです。急にそういう事はできないんだよなあ、と。しかし気が付いたことは重要というか貴重なので、これからは、その都度、より良い選択ができる様にしたいなと思っています。

皆さんも後悔しない人生送ってくださいね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?