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義憤に燃えて 第一章 天狗連その6

 その夜から早速、私は原稿用紙に向かい、三日がかりで一幕三場の『国定忠治』をまとめあげた。任侠精神で弱き人々を助けるという内容で、落合製菓時代から胸中にくすぶっていた憤懣を大いにぶつけたものになった。
 しかし、書き上げた脚本をもとに稽古が始まると、主役の小池が私のイメージに沿ってくれない。こうしてくれ、ああしてくれと注文をつけても、小池がそのように演じてくれないのだ。ついに私と小池の間で衝突が起き、辞める辞めないの騒ぎにまで発展してしまった。見かねた照沼が助言してきた。
「我が『天狗連』のために書いてくれた、おもしろい脚本を捨てるのはもったいない。そこでどうだろう。ここはひとつ小沼君自身にやってもらうことにしたら・・・。」
 大二君を含め、多くの人が「そうだ。そうだ。」と賛同しだし、小池も、
「俺には小沼君の要望に応えるだけの力量がないよ。小沼君自身がやる方が理に適ってると思うぜ。」
 と言いだしたので、結局、私が主演として出演することになってしまった。恥ずかしいから脚本担当になったというのに、だ。
 当初は不安で仕方がなかったが、あれだけ小池に注文しておいて、自分では全く表現できないというのでは、話にならない。それは観衆の前に出ることよりも恥ずかしいことだと思い、私は、がむしゃらに練習した。自分は小沼正ではない、国定忠治なのだと言い聞かせ、赤城山の土を踏んでいるつもりで、空っ風の中を立っているつもりで演じた。
 農閑期ということもあり、毎晩のように、頼まれるがまま農家をまわり、回数を重ねるごとに演技も達者になっていった。『天狗連』の興行は報酬を受け取らない方針だったので、人気も上々。私も多くの人々に喜ばれる中で、生きる希望を見出し、死への渇望は薄れていきつつあった。

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