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黒飴のおばぁさん

たぶん幼稚園の頃だったと思う。
母が頑張って建てた新築の家に、おそらく引っ越して間もない頃だったから。

私は、家の前の道路で一人で遊んでいた。
引っ越したばかりで近所に友達がいなかったことや、兄たちは男同士で遊びに行ってしまうこともあり、私はよく一人で遊んでいた。

人んちの庭に入り込んだり、軒下のアリ地獄のような無数の凹みを見つけたり、アリをシャボン玉の中に閉じ込めたり。とにかく一人でよく遊んでいた。

その日は夕暮れ近かったと思う。
私は一人遊びに大体没頭するタイプだから、その日も何かに没頭していた。

すると、突然背後に人の気配を感じた。
顔をあげて振り向くと、おばぁさんがいた。

おばぁさんは、当時の幼い私でも「小さいな」と感じるくらいの背の低さで、体型やら腰の曲がり方からして「ザ・おばあさん」って感じの人だった。

黒っぽい着物のような服を着て、たぶんモンペみたいのを履いていた。頭には布を被っていて、「まんが日本昔話」に出てくるような風貌だった。

顔は黒く焼けしわくちゃで、布からはみ出す髪は白髪でくちゃくちゃで、お世辞にも綺麗なおばぁさんではなかった。なんとなく「妖怪」みたいだなって思った。

いきなり背後にいたもんだから、私は立ち上がって棒立ちになっておばぁさんを見つめた。
おばぁさんの顔はニコニコしていた。何か話しかけられたけど、何と言っているのかは分からなかった。

何かを話すおばぁさんの口の中の歯は、びっくりするくらい少なく茶色かった。

すると、おばぁさんは後ろ手に回していた手を外して、手に持っていた巾着袋を開けてゴソゴソしだした。巾着袋もなんとなく黒く汚れていた。

私はじっと黙ってその様子を見ていた。

おばぁさんは、これまた顔と同じくらい黒くて丸くてしわくちゃの手で何かを出して、私に差し出した。

また何か言った。

が、やはり聞き取れなかった。

私は手を広げてそれを受け取った。
私の手のひらには「黒飴」が乗っていた。当時の飴は包み紙の両端ををくるくるっとひねってリボン🎀のような形になっていた。
包み紙も黒かった。おばぁさんみたいだな、と思った。

おばぁさんはニコニコした顔のまま、また手を後ろに回して腰の辺りで組んでヨタヨタ歩き出した。
私は飴を握りしめたまま、おばぁさんをじっと見ていた。

おばぁさんは坂道の曲がり角まで行ったところで振り返った。私はまだじっと見ていたから、振り返ったばぁさんが、まだ笑った顔をしてたことまで分かった。

カーブミラーに映り込んだおばぁさんが見えなくなるまで私は見続け、すっかりいなくなってから初めて動いた。
ダッシュで母の所へ行った。

夕方だったので、母は台所で夕飯の支度をしていた。
私は母のそばに駆け寄り
「ねぇ、これもらった!!」
と、興奮して言った。

すると振り返って黒飴の包み紙を見るなり母は
「誰に!?おぉ〜こわっ!!捨てなさい!」
と強めに言った。

私は「えっ」と思った。

しかし、母に言われた私は素直に飴の包みをゴミ箱に捨てた。
捨てるとき、どうしても気になって包み紙をクルッと開いてみた。中の飴も「黒」くて、また「おばぁさんみたいだな」って思った。


それ以降も、私はよく家の前で一人で遊んでいたが、黒飴のおばぁさんには二度と会わなかった。

「やっぱり妖怪だったのかな。」
なんて、幼い私はぼんやりと思った。

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