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The Miseducation of Cameron Post

クラウドファンディングで翻訳書を出版するサウザンブックスという会社があります。その中でも特にLGBTQ関連の書籍を出版することを目的としたプライド叢書の一冊として、エミリー・ダンフォースの"The miseducation of Cameron Post"という小説を翻訳出版するためのクラウドファンディングが2019年4月から7月にかけて行われました。実は僕はその発起人になったのでした。

これはそのクラウドファンディングのために書いた文章で、最初の発起人挨拶、途中経過、クラウドファンディング達成のお礼の三つをまとめたものです。意外にこんなこともしてるんですよ。翻訳は既にでき上がっているようですが、出版はもう少し先になります。出たらぜひ読んでみてください。青春小説の傑作です。

1.クラウドファンディング開始にあたって

僕がこの本を手にしたのは昨年です。クロエ・グレース・モレッツの新作主演映画がGay conversion therapy(同性愛矯正施設とでも訳しておきましょう)に入れられたレズビアン少女を主人公とするインディーズ作品で、それが2018年のサンダンス映画祭でグランプリを受賞したというニュースを知ったのがきっかけでした。そんな映画なら観たいなあと思ってちょっと調べてみると、原作はヤングアダルト小説だとわかりました。映画が公開されるのはまだ先だし、ヤングアダルトなら英語も易しいだろうと考えて(それはちょっと甘かったのですが)、それ以外殆ど予備知識がないまま、手に取ったのです。

読み始めてすぐ、僕はそのいきいきとした描写に引きこまれてしまいました。アメリカの田舎町に暮らす主人公キャメロンの生活、仲間との友情、学校でのできごと、そして彼女が思いを寄せる少女コーリーとのこと。物語の後半では一転して、同性愛矯正施設での生活が描かれます。といっても決して悲劇的な話ではなく(事件は起きますが)、理不尽な扱いを受けながらも、そこで出会った仲間たちと友情を育みながらたくましく生き抜いていくキャメロンが時にユーモアをまじえながら語られていきます。これは、LGBTQをテーマにしつつも、ひとりの少女のサヴァイバルとリヴァイバル(再生)を描いた青春小説の傑作です。

物語はキャメロンの回想として書かれています。読み終えて、僕はこれを書いた時の彼女は何歳でそしてどこでどういう暮らしをしているのだろうと思いを巡らせました。作者のダンフォース自身が同性のパートナーと暮らすレズビアンなので、自分の体験も色濃く反映されているのでしょうね。

この作品で取り上げられている同性愛矯正施設とは、キリスト教原理主義に基づいて同性愛を「治療」しようという寄宿制の小さな学校です。そこでは、同性愛は神に対する「罪」なのだと教え込まれます。キャメロンが施設に入れられたのは1993年。2019年の現在、いくつかの州では既に非合法化されているものの、今もたくさんの若者たちがこの「矯正」を受けさせられているそうです。僕たちにはあまりなじみのないこの施設の様子が分かるのも物語の興味深いところです。

ヤングアダルト作品とはいえ、僕の英語力では理解度70%くらいだったでしょうか。特に若者たちの口語には手こずらされたので、これは改めて日本語で読みたいと思いました。そこでツイッターで「翻訳を読みたい」と呟いていたら、サウザンブックスが「出しましょう」と言ってくれて、そんなわけで僕がクラウドファンディングの発起人なんてものになっているのですが、要するに真っ先に僕が読みたいのです。

残念ながら、映画のほうは日本での劇場公開が見送られ、DVD発売だけになってしまいました。映画ではほぼ原作の後半部分だけが使われていて、キャメロンの生い立ちや人となりを描いた前半部はばっさりカットされています。ですから、DVDをご覧になったかたもぜひ原作を読んでみてください。より深い感動を得られるはずです。

ヤングアダルト小説なので中高生に読んでもらいたいのはもちろん、大人が読んでも充分に楽しめる作品です。LGBTQ問題に関心を持っているかたにも、あるいはこれまで特に関心はなかったけど青春小説なら読んでみたいというかたにも、お勧めします。ぜひこの傑作青春小説を邦訳出版するプロジェクトにご協力ください。

2.キャメロンはどこにでもいる

"The miseducation of Cameron Post"の第1章、もう試し読みしていただけましたか。まだのかたはぜひ読んでみてください。生き生きとした描写、でもクールな訳文に引き込まれること請け合いです。まだ子どものキャメロンの心の動きが描かれていますが、これだけでも相当面白い作品だなということは分かっていただけるでしょう。続きも読みたくなりますよ。

そうそう、映画「ミスエデュケーション」もぜひご覧下さい。映画になったのは原作の後半だけですが、エッセンスをかなりうまく捉えていますし、クロエ・グレース・モレッツ(最高!)を筆頭に、若い役者たちの演技も魅力的です。

さて、LGBTQの当事者でもなければallyと言われる支援活動家でもない僕がLGBTQをテーマにしたこの小説を推しているのはどうしてなのか。

純粋にいい作品だからというのはもちろんです。教条的でもなければ押し付けがましくもなく、ただキャメロンという少女のまわりで起きるできごとが描かれていきます。

キャメロンはごく普通の女の子です。冒険やいたずらもするし、恋もする(女の子にだけど)。悲しいできごともあります。万引きしたりマリファナを吸ったり、ってこれは普通なのかどうか僕にはわかりませんが。とにかく、そういう女の子が物語後半ではかなり理不尽な目に遭いつつも、悩んだり怒ったりしながら、仲間との友情を育んで生きていく姿に共感を覚えます。

そして、やはりこれがマイノリティのアイデンティティの物語だということです。後半、同性愛矯正施設でキャメロンが出会うのは同性愛に限らず様々な意味でのマイノリティです。それだけに、直接にはLGBTQを扱ってはいますが、もっと普遍的なテーマを読み取ることもできるでしょう。誰であれ、あるがままに自由に生きたいと思うじゃないですか。誰であれ、多かれ少なかれ何かはみ出したところがあって、それと折り合いをつけたりつけられなかったりしながら生きているわけです。

キャメロンはたまたまレズビアンだったけれども、それはいろいろ置き換えて考えることもできるはずです。だからたぶん、この物語には誰でも共感できるところがあると思いますよ。その意味では、キャメロンはどこにでもいるのです。

今SF(サイエンスフィクション)ファンの間では「百合」がブームになっています。この括りもどうなのかなと思うところはあるのですが、とにかく女性同士の恋愛ものが受け入れられるようになったのはいいことなのでしょう。

このキャメロンの物語はそういう意味での「百合もの」ではありません。前半にこそ恋愛の要素はあるものの、後半には殆ど皆無です。これはキャメロンというレズビアンの少女が自分のアイデンティティを捨てることなく成長していく物語なんです。恋愛が主眼ではないLGBTQものがもっとたくさん出てきてもいいですよね。

最近、「ハート・ビーツ・ラウド」という映画を観ました。映画版「ミスエデュケーション」で重要な役を演じたサーシャ・レーンが主人公の恋人役で登場します。主人公は女の子なんですけどね。
その中で、ラブソングを作っている主人公を見た父親がまっさきに「ガールフレンドがいるのか?」って訊くんですよ。それから「ボーイフレンド?」。さらっとこう訊いてしまうのがいいなあと思いました。

しかもこの映画、ふたりの恋愛はメインテーマじゃないんです。あくまでも親子関係がテーマで、LGBTQは(それから多様な人種も)背景として本当に自然にあるんですよ。主人公がレズビアンでも複雑な人種関係を持っていても、それは全く問題になりません。これはこれで理想化されすぎているのでしょうが、現代の作品だなという感じがします。

みんながこんなふうに自然に生きられる、そんな社会になればいいなと思います。多様性豊かな社会のほうが楽しいと思いませんか。キャメロンは今40歳くらいかな。今の社会をどのように見ているでしょうね。

クラウドファンディングの期間も残り少なくなってきました。このすてきな小説を日本の中高生、そして大人のみなさんに届けるために、ぜひご参加ください。よろしくお願いします。

3.キャメロン・ポストに会える

クラウドファンディングが無事に成立しました。最後の追い上げがすごかったですね。どきどきしながら見守っていました。クラウドファンディングに参加されたみなさんもどきどきしておられたのではないでしょうか。

思えば、僕はただクロエ・グレース・モレッツの新作映画を観たかっただけのはずでした。映画は当分公開されそうになかったので、ふと思い立って原作を読み始めただけだったのです。それがひょんなことから発起人などというものを引き受けてしまうことになったのですが、まずはこれで肩の荷がおりた気分です。やってよかった。

前にも書いたように「百合ではないレズビアン小説」というのは貴重だと思います。しかも、悲劇ではなく希望に溢れた作品となると、なかなかないのでは。この物語を日本語で読めることになったのは、参加してくださったみなさんのおかげです。ありがとうございます。

この物語は様々な読み方ができます。LGBTQ当事者のかたがどのように読まれるか、当事者ではないかたがどのように読まれるか。LGBTQ小説は当事者だけのものではありません。いろんな立場・考えかたの人たちがそれぞれに読んでくれるとうれしいと思っています。LGBTQ以外のマイノリティに通じるところもあるでしょうし、あるいは同性愛矯正施設とカルトの類似性を感じ取る人もいるでしょう。仲間との友情の物語としても読めます。そしてなによりこの物語はヤングアダルトとして書かれましたから、中高生にぜひ読んでほしい。

これから翻訳されて出版まではしばらくかかります。第一章の訳文がとてもよかったので、できあがりを楽しみに待ちましょう。素敵な本になるに違いありません。キャメロン・ポストに会えるまでもう少し。

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今日はフランスを代表する歌姫Mylene Farmerの"Desenchantee"を
https://youtu.be/vkiyW0vqat8

#小説 #海外文学 #LGBTQ #アーカイブ

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