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PKD82 80年代のP.K.ディック

SFマガジン2014年10月号、特集「いまこそ、PKD。」収録

 P.K.ディック没後30年とちょっとといういささか半端な年にSFマガジンがディック特集を組んで、僕にも声がかかりました。お題は80年代のディックについて。といっても、ディックは82年に亡くなってますから、ディック自身の80年代はわずかしかないのですけどね。久しぶりのSFマガジンでしたが、ディックについて書かせてもらえたのはうれしかった。これはその文章です。

 ところで、ひとつ訂正しなくてはならないのですけど、「ブレードランナー」の脚本を書いたハンプトン・ファンチャーはディックをほとんど読んでいないと証言しているので、この文章に書いたプリスに対する記述はどうも間違っているようです。

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PKD82 80年代のP.K.ディック

 一九八二年の話をしよう。『ブレードランナー』が公開され、『ヴァリス』が翻訳された年だ。そして、ディックはこの年の三月二日、『ブレードランナー』の公開を待たずに、その生涯を閉じた。心臓発作で病院にかつぎこまれて、一度は意識を回復したものの、再び発作に襲われたのだった。享年五三歳。今の僕よりも若いじゃないか。

 ディック史的には、極貧からようやく抜け出して、経済的な余裕ができてきていた時期にあたる。女性関係は相変わらずだ。五度目の結婚は七六年に破綻していた。八二年には別のガールフレンドがいたとかそれはただの友だちだったとか、五番目の奥さんとよりを戻そうとしていたとかそうじゃなかったとか、このあたりははっきりしない。それでも、少なくとも暮らしは上向きになっていた。ディックはようやくその才能に見合った待遇を受けるようになっていたわけだ。

 そして、もちろん『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の映画化も進んでいた。ディックは亡くなる前に『ブレードランナー』(たぶん未完成版)を見て、そのビジュアルを絶賛している。当然だろう。そこには誰も見たことのない未来があったのだから。

『ブレードランナー』は、今でこそSF映画のオールタイムベストの上位に必ずランクインする人気作品だけど、公開当時は、今では想像もつかないほど評判にならなかった。『エイリアン』のリドリー・スコットが監督して、『スターウォーズ』のハリスン・フォードが主演とくれば、大ヒットしたっておかしくないはずなのに、そういうわけにはいかなかった。もっとも、これがあの『アンドロ羊』の映画化だという事実は、どのみち興業にはほとんど影響しなかっただろう。ディックはSFファンだけに知られた作家にすぎなかったからだ。それでも、一部の人たちがこの作品、とりわけそのビジュアルを熱狂的に歓迎して、二番館上映やテレビ放映で人気が上がっていく。あとはご存じのとおりだ。

 もちろん、僕たちは『強力わかもと』に仰天した。まだ『ニューロマンサー』を書き上げていなかったウィリアム・ギブスンが『ブレードランナー』を見て腰を抜かしたというエピソード(その真偽はさておいて)も、さもありなん。この映画がなければ、『攻殻機動隊』も『マトリックス』も生まれなかったはずだ。『ブレードランナー』はサイバーパンクの原イメージとして、CMやゲームにも『それ風』の未来があふれはじめる。

 とはいえ、これ自体は、ディックというよりはリドリー・スコットの功績だ。実際、酸性雨降りしきる夜のロスアンジェルスはノストロモ号の内部そのものと言っていい。ディックの小説はサイバーパンク的とは言いがたいし、ディックがいなくたって、どのみちサイバーパンクは生まれたに違いない。それでも、『アンドロ羊』がなければ『ブレードランナー』も存在しなかったのだから、ディックにも「サイバーパンクの義理のお父さん」くらいの責任はある。

 さて、七〇年代までの日本でのディック評と言えば、ちょっとばかり風変わりな傑作を書く作家といったところだったと思う。なにしろ、『高い城の男』や『アンドロ羊』に代表される優れた作品群(ドラッグ寄りのものもあったにせよ)しか紹介されていなかったのだから。ところが、そんな状況は八〇年代に一変する。今は亡きサンリオSF文庫が、ディック作品を手あたりしだいに翻訳出版するという暴挙に出たからだ。特に『ブレードランナー』が公開された八二年からは、長編だけでも平均すると年に二作のペースで刊行されている。そこで僕たちは初めてディックという作家の全体像に触れることになる。

 まぎれもない傑作はいわずもがな、要約のしようもないほどとっちらかった筋書き、回収されないままの伏線、誰が主人公だったのかさえわからなくなるような破綻した物語までが翻訳され、僕たちは物語の体もなしていないようなそんな奇妙な作品たちに強く惹かれていった。この後、「駄作も含めてディック」という評価が定着する。そして、『あなたを合成します』でプリスに再会した僕たちは、『ブレードランナー』の制作者たちが実にオタク的にディックを読み込んであの作品を作ったことを改めて知った。

 中でも最大の問題作が『ヴァリス』だった。たしかに僕たちはすでに『暗闇のスキャナー』で、ディックが実体験に基づいた作品を書いていることを知ってはいた。それでも、『ヴァリス』はあまりにも違っていた。なにしろ、ついにディック本人が作中に登場したのだから。たぶん、ディックの評価には『ブレードランナー』以前と以後、そして『ヴァリス』以前と以後があるはずなのだけど、それがほぼ同時にやってきて、僕たちはいささかの混乱に陥れられた。

 今では、『ヴァリス』に描かれた神秘体験が本当にあったこともわかっているし、ディックが書き残した膨大な『釈義』も分析されている。もっとも、『ヴァリス』の神秘学をそんなにシリアスに捉えてもしかたない。ディック本人は大まじめだったにせよ、だからといってそれほど深い話でもない。それでも今、ディックという作家の全体像を『ヴァリス』抜きに語ることはできない。作品世界だけではなく、作家自身が現実と非現実の狭間にいて、がらくたたちの中でもがいていた。それが八〇年代以降に確立したディック像だ。

 ディックは次の作品として"The owl in daylight"というSFを予定していた。プロットらしきものは語られているけれど、なにしろ『高い城の男』の続編のはずだった作品が『ヴァリス』になってしまったディックだけに、それがそのまま実現したかどうかは永遠にわからない。

(事実関係は『銀星倶楽部』のディック特集とL.Sutin "Divine Invasions" を参考にした)

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今日は2017年3月25日、東京キネマ倶楽部でのzabadak「相馬二遍返し」を。近年のzabadakの代表曲のひとつで、福島民謡のプログレ・アレンジ。復興への祈りの歌。これは海外のプログレ・ファンにも聴いてもらいたい作品です。

https://youtu.be/CMwwTJ2Q1-U

#SF #文学 #評論 #アーカイブ

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