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    菊池がこれまでSFマガジンなどに発表したSF評論や解説をまとめます

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『ネットログ2011-2014』の発売について

 東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故から、僕はツイッターとブログに大量の言葉を書いていました。直接体験した阪神淡路大震災はブログの時代ではなく、もちろんSNSの時代などまだまだだったのに対して、遠くで(震災当日は東京にいましたが)体験したこの大災害に僕は何かを書き続けなくてはならない気になったのでした。熱にうかされたような感じでしたが、それが何年も続きました。  その間、放射能問題を中心にいろいろなことがありました。ガイガーカウンターミーティング、勉強会、1F見

    • 僕はどうしてALPS処理水海洋放出を「完全に安全」と言うのだろう

      東電福島第一原発敷地内のタンクに溜めてある「ALPS処理水」の海洋放出がついに始まりました。マスメディア(朝日新聞と毎日新聞がその代表でしょう)や反対派の政治家(社民党・共産党・れいわ新選組に立憲民主の一部)などが相変わらず人々の不安を煽っていますが、なんら危険はないので、粛々と進めることを願っています。福島の完全復興に向けたプロセスのひとつです。 漁連は風評被害を心配しています。それは理解できます。では、その風評は誰が作り出しているのか。煽っているの(いわゆる風評加害者)

      • さなコン2を振り返って

        はじめに 「第二回日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト」に応募して、残念ながら賞はもらえませんでしたが、ずいぶん楽しませてもらいました。お祭り気分で楽しめるコンテストで、とてもよかったと思います。800編以上の応募作の中から選考して、しかも一次選考通過作には全部コメントをつけるという大変な作業をしてくださった作家クラブのみなさんに感謝します。 というわけで、いただいたフィードバックコメントを踏まえて、自分の作品の解説といくつかの気になった作品について書いておきます。

        • 統計力学のとにかくこれだけは分かって

          統計力学で「微視的状態とは何か」で引っかかっている人がいるように思います。この文章はそういう人のために書きます。分かってる人には役に立ちません。まず原理の話をして、次に「これだけは計算できるようになってくれ」という話をします。 混乱の原因は「$${N}$$粒子系の微視的状態」と「1粒子の微視的状態」の区別がきちんとついていないことですが、最初のうちは例題が「解ける問題」ばかりなので、そうなりがちなのもある程度しかたありません。 まずは建前というか、原理の話をします。ここを

        『ネットログ2011-2014』の発売について

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        記事

          統計力学の計算で初学者が嫌になるところ(3)

          これまで(1)(2)と書いてきたけど、まだしっくりこない人がいると思う。そこで、さらに遡って、試しに二準位系の状態密度をものすごく厳密に計算してみよう。これで疑問は解けるのではないだろうか。 エネルギーが$${[E,E+\Delta E]}$$の範囲にある微視的状態数を数えるために、まずエネルギーが厳密に$${E=M\epsilon}$$($${M}$$は整数)である時の微視的状態の数(縮退度)を数えてみる。ただし、$${M}$$は$${O(N)}$$の整数で、今はこれが厳

          統計力学の計算で初学者が嫌になるところ(3)

          統計力学の計算で初学者が嫌になるところ(2)

          前回の最後にちょっとだけ、ミクロカノニカル・アンサンブルの$${\Delta E}$$について書いた。講義ノートでも詳しく議論しているし、あれでいいかなとは思うんだけど、もうちょっとだけ議論しておこう。 そもそもエネルギー幅$${\Delta E}$$なんかなんのためにつけるのか、どうせ最後は捨てちゃうんだからいらないじゃん、というところから考えよう。ありていに言えば、なくても全然困らないんだけど、ないと気持ちが悪い。どういうことか。前回同様に二準位の系を例にとろう。エネル

          統計力学の計算で初学者が嫌になるところ(2)

          新型コロナ禍で作られた大量のコンテンツはどうなるのか

          新型コロナ禍は様々な業界に大きな影響を与え、政府の無策と相俟ってその傷は深まるばかりだと思いますが(新型コロナ禍は災害であって個々人の責任ではないので、国が徹底的に補償するべきです)、ここでは特に大学と音楽について書きます。 大学と音楽って全然違う業界で、どこが共通するんだよと思われるでしょうが、新型コロナ禍を契機にオンライン・コンテンツが膨大に作られた点では似ています。作りたくて作ったわけではなく、その多くはそれ以外どうしようもないから作られたのですが。 音楽のほうが分

          新型コロナ禍で作られた大量のコンテンツはどうなるのか

          統計力学の計算で初学者が嫌になるところ(1)

          Twitterを見てると、「統計力学の計算は近似がガバガバ」とかいう表現をよく見かける。それだけではどういう近似のことを言ってるのか分からなくて、指数関数の肩を二次まで展開してやめちゃうところかなとも思うのだけど、今回はそこではなくて、小さい数をどんどん無視する計算について書こう。 いちばん簡単な例として独立二準位系のミクロカノニカル・アンサンブルを考える。$${N}$$個の二準位粒子がある。$${N}$$はアボガドロ定数程度、つまり$${10^{24}}$$くらいのすごく

          統計力学の計算で初学者が嫌になるところ(1)

          科学的なものと科学的ではないものとを見分けること

          コンピューターの中からこんなテキストが出てきた。何に書いたのだかもう忘れてしまっていたのだけど、検索してみると『「悪意の情報」を見破る方法―ニセ科学、デタラメな統計結果、間違った学説に振り回されないためのリテラシー講座』(シェリー・シーサラー著、今西康子訳、飛鳥新社、2012年)という本のために書いた解説だった。 本の解説なので、これだけで完全には独立した文章になっていないのだけど、これはこれでそこそこまとまった内容が書いてあるので、公開することにした。ウィリアム・ギブスン

          科学的なものと科学的ではないものとを見分けること

          ニセ科学問題から見た科学リテラシー

          この原稿は「日本の科学者」 の2011年2号「特集 21世紀の科学リテラシー」に掲載されたものです。東日本大震災の直前ですね。 「日本の科学者」は日本科学者会議という左派系学術団体(よく日本学術会議と間違える人がいますが、全く関係ありません。こちらはまあ共産党系というべきですかね)の機関誌で、長い歴史があります。科学リテラシー特集ということで僕にニセ科学問題を書けという依頼がありました。左派系であることを考慮して、ルィセンコ問題や9.11陰謀論など左派が弱そうな話題を意図的

          ニセ科学問題から見た科学リテラシー

          理想フェルミ気体のゾンマーフェルト展開の導出(母関数の方法)

          このノートは大学で統計力学や固体物理を学んでいる(あるいは大学レベルのそれらの科目を自習している)人向けです。その程度には専門的な内容です。 理想フェルミ気体の低温での性質を知るために低温展開の方法があります。ゾンマーフェルトによって始められたので、ゾンマーフェルト展開と呼ばれます。これはごちゃごちゃした計算で、大学の統計力学でも導出を教えるのが面倒だし、後々使うのは結果だけなので、学ぶほうとしてもコストパフォーマンスの悪い内容です。念のために言っておくと、教える側もゾンマ

          理想フェルミ気体のゾンマーフェルト展開の導出(母関数の方法)

          統計力学のアンサンブルとはなんで、どうして必要なのだろう

          この文章は初学者向けの統計力学の講義ノートにつけるために書いた。伝統的な統計力学の説明と違うけれども、たぶん今ならこんな感じに考えるのが筋だと思う。統計力学に興味があるかたのために、この部分だけ抜き出した。 なお、この文章では全く歴史を踏まえていない。アンサンブル概念成立の歴史については、最近出版された稲葉肇「統計力学の形成」がいいと思う。以下の話はそのような歴史もほぼ覆してしまう「ちゃぶ台返し」的な説明。 ....... 僕たちはあるエネルギー範囲にあるすべての微視的状

          統計力学のアンサンブルとはなんで、どうして必要なのだろう

          マイクロノベル241-252

          241. 「PはNPに等しいことを証明します」そう前置きして、若い研究者は講演を始めた。口調は穏やかだが、穏やかならざる話だ。集まった研究者たちが固唾を飲んで見守る中、証明は淡々と進められた。「Q.E.D.」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、世界中のコンピューターが停止した。 242. ほんの些細な違いなのだ。歩行者用の信号が点滅し始めたときに立ち止まったとか、ほんの少しだけもたついて電車を一本逃すとか、その程度の違いが運命を分ける。この世界で僕は君に出会った。電車を

          マイクロノベル241-252

          マイクロノベル229-240

          229. 暗号通貨の採掘に膨大な計算資源が使われているのを知っているだろうか。その計算の殆ど全ては無駄なものだ。僕たちはその無駄になった計算を安く買い集めている。計算としてはなんの役にも立たないが、それを低エントロピー源として熱機関を動かせる。僕たちはその出力を売るのだ。 230. 世の中に予言者が増えすぎてしまって、誰も予言に耳を貸さなくなった。そこで僕は予言を聞く商売を始めた。道端で店を広げているとひとりまたひとりと予言者がやってくる。そして、僕に料金を払って、取ってお

          マイクロノベル229-240

          マイクロノベル217-228

          217. 仕事帰りに近所の公園に寄ってみた。もう夕暮れだというのに、ブランコに小さな女の子が座っている。泣いているようだ。「どうしたの」と声をかけても、首を振るばかりで答えない。途方に暮れていると、突然一陣の風が吹いた。こどもはぱっと顔を輝かせ、手を振りながら風に乗って空に消えていった。 218. 夢の中で君に会う。それはいつも同じ海辺の小さな町で、今日の僕たちは浜が見える喫茶店でコーヒーを飲んでいる。僕が何かを言い、君は楽しそうに笑う。夢の中の君はいつも笑っている。いつか

          マイクロノベル217-228

          マイクロノベル205-216

          205. 友人も家族も捨ててひとりで生きるために、地図で見つけたこの町にきた。素泊まりの小さな旅館に部屋を取り、明日は仕事を探しにいく。日払いの仕事がいい。酒を飲み、日記を書く。いつかこの日記も途切れ、やがて誰かに発見される。僕が生きた記録は誰かの心にささやかな何かを残す。 206. 地球が太陽の周りを回っていると主張する「地動派」はあまりに危険な思想の故にその多くが逮捕されたが、残党は今も地下活動を続けている。地動派の貼り紙が町なかに現れると、警察が急いで回収する。しかし

          マイクロノベル205-216