統計力学のとにかくこれだけは分かって
統計力学で「微視的状態とは何か」で引っかかっている人がいるように思います。この文章はそういう人のために書きます。分かってる人には役に立ちません。まず原理の話をして、次に「これだけは計算できるようになってくれ」という話をします。
混乱の原因は「$${N}$$粒子系の微視的状態」と「1粒子の微視的状態」の区別がきちんとついていないことですが、最初のうちは例題が「解ける問題」ばかりなので、そうなりがちなのもある程度しかたありません。
まずは建前というか、原理の話をします。ここを読むだけでは計算できるようにはなりません。計算はあとでやります。
さて、$${N}$$粒子系の微視的状態は$${N}$$粒子ハミルトニアンの固有状態です。これは原理的には定常状態のシュレディンガー方程式を解けば得られます。一般には解けませんが、原理的にはハミルトニアンを与えてしまえば固有状態(一般には無限個の)は必ず決まり、それぞれに対応するエネルギー固有値、つまり$${N}$$粒子系の全エネルギーが決まります。
系が温度$${T}$$の熱浴に接していれば、熱平衡状態でこれらの固有状態は確率$${P_n=\frac{1}{Z}e^{-\beta E_n}}$$で出現します。$${n}$$はそれぞれの固有状態を区別するためにつけた番号で、$${E_n}$$は縮退しているかもしれないし、いないかもしれません。$${\beta=\frac{1}{k_BT}}$$で$${Z}$$は下で説明する分配関数です。つまり、系は時間とともにいろいろな固有状態の間を移り変わり、その時の出現確率が$${P_n}$$です。固有状態ごとにエネルギー(固有値)は違いますが、$${N}$$が充分に大きければほぼ同じエネルギーの状態(エネルギーが$${N}$$のオーダーなのに対して、その変化幅は$${\sqrt{N}}$$くらい)しか出現しません。
熱平衡状態で出現する微視的状態はどれを見てもほとんど区別がつかない、つまり個々の微視的状態が熱平衡状態の特徴を備えているというのが「状態の典型性」です。どのみちどれを取っても変わらないのならすべての微視的状態を集めましょう、ただし各状態には$${P_n}$$の重みをつけますよ、というのがカノニカル・アンサンブルです。カノニカル・アンサンブルの平均的な性質が与えられた温度での熱平衡状態の性質です。
カノニカル・アンサンブルでいちばん重要な量は分配関数です。改めて書くと
$${Z=\sum_n e^{-\beta E_n}}$$
和は全ての微視的状態についてとります。つまり、まずは全微視的状態のエネルギーを知る必要があります。それを指数の肩に乗せて、全ての微視的状態について足します。普通は微視的状態が無限個あるので無限和ですが、指数関数があるために高エネルギーの状態からの寄与は小さくなり、和は収束します。
さて、状態の実現確率が$${P_n}$$なので、物理量$${A}$$の熱平衡での平均値は
$${\langle A\rangle = \sum_n P_n A_n = \frac{1}{Z}\sum_n A_n e^{-\beta E_n}}$$
です。$${A_n}$$は$${n}$$番目の微視的状態での$${A}$$の値です。特にエネルギーの平均値、つまり熱力学的な内部エネルギー$${U}$$は
$${U=\langle E\rangle =-\frac{\partial}{\partial\beta}\log Z }$$
で求められます。また、統計力学と熱力学をつなぐもうひとつのだいじな関係が、ヘルムホルツ自由エネルギー$${F(T)}$$を求める
$${F=-k_BT\log Z}$$
です。$${F(T)}$$が得られれば、あとは熱力学の知識で様々な熱力学量を求められます。
まずはこれで統計力学の原理というか計算方法としては終わりです。復習すると、手順は(1)$${N}$$粒子ハミルトニアンの固有状態を全て求める。(2)得られたエネルギー固有値を使って分配関数を計算する。(3)分配関数から熱力学量を求める。となります。
とはいうものの、問題は手順1です。$${N}$$粒子ハミルトニアンの固有状態を簡単に出せるなら誰も苦労しません。そこでいろいろ近似をしたり数値計算をしたり、手練手管を弄するわけです。そこは今も研究の最前線なのでここでは触れません。
カノニカル・アンサンブルの便利な性質は、$${N}$$粒子系のハミルトニアンが
$${H=\sum_k H_k }$$
といくつかの「共通部分を持たない」ハミルトニアンに分けられる時には
$${Z = \prod_k z_k }$$
と分配関数が各部分の分配関数の積で書けることです。共通部分を持たないとは、系がAとBに分けられるとして、一般には$${H=H_A + H_B + H_{AB}}$$のようにAだけの部分、Bだけの部分、AB両方にまたがる部分に分けられるのに対し、$${H_{AB}=0}$$となる特殊な場合を指します。
いちばん簡単な例として、相互作用しない粒子からなる系が挙げられます。$${N}$$個の粒子があって、それぞれの1粒子ハミルトニアンを$${h_i}$$とする時、$${N}$$粒子ハミルトニアンが
$${H = \sum_{i=1}^N h_i }$$
と書けるなら、これは相互作用しない系です。$${i}$$は粒子の番号で和は全ての粒子についての和であることに注意してください。各粒子の分配関数を$${z_i}$$とすると
$${Z = \prod_{i=1}^N z_i }$$
です。もし、全ての粒子が同一なら、1粒子分配関数を$${z_1}$$として
$${Z=(z_1)^N }$$
です。以下、この場合だけを考えます。
1粒子ハミルトニアンの$${l}$$番目のエネルギー固有値を$${\varepsilon_l}$$とすれば、
$${z_1 = \sum_l e^{-\beta \varepsilon_l}}$$
です。$${l}$$は1粒子ハミルトニアンの固有状態の番号、あるいは「1粒子の微視的状態」の番号です。エネルギー準位の番号と言ってもいいです。どう呼ぶにしても、これは$${N}$$粒子の微視的状態とは違うことに注意してください。
では、1粒子の微視的状態と$${N}$$粒子の微視的状態とはどういう関係にあるのか。この場合、「全ての粒子について、それぞれが何番目の1粒子固有状態(エネルギー準位)にあるか」を指定すれば全系の微視的状態が指定できます。各粒子のエネルギー準位の番号を$${l_i}$$として、ベクトルのように$${(l_1,l_2,\dots,l_N)}$$と書くことにすれば、例えば$${(0,0,1,\dots)}$$は1番目と2番目の粒子がそれぞれの基底状態、3番目の粒子は第一励起状態にいることを表します。$${(100,10000,1972,\dots)}$$など、さまざまな(たいていは無限の)組み合わせがあり、それぞれが異なる$${N}$$粒子の微視的状態に対応します。
しかし、この問題ではもう$${N}$$粒子の微視的状態を求める必要はありません。そこがむしろ分かりにくいかもしれませんが。要は$${z_1}$$さえ求めればよくて、そのためには全系の微視的状態は必要ない。これはカノニカル・アンサンブルならではの利点で、ミクロカノニカル・アンサンブルではそうはいかないことに注意してください。
例題をふたつやります。まず、二準位系。これはそれぞれの粒子がエネルギー0と$${\varepsilon}$$のふたつの状態しか取らないものです。したがって、$${N}$$粒子の微視的状態は$${(0,0,0,\dots,0)}$$から$${(1,1,1,\dots,1)}$$までの$${2^N}$$通りです。それに対し、可能な($${N}$$粒子の)エネルギーは$${N+1}$$通りしかありません。したがって、1粒子のエネルギーは縮退していませんが、$${N}$$粒子の微視的状態は一般に縮退している。これはいいかな。
$${z_1}$$は簡単で、エネルギー準位がふたつしかないのだから
$${z_1 = e^0+e^{-\beta\varepsilon} =1+e^{-\beta\varepsilon}}$$
$${N}$$粒子系の分配関数は
$${Z=(z_1)^N = \left(1+e^{-\beta\varepsilon}\right)^N }$$
ヘルムホルツ自由エネルギーは
$${F=-k_BT\log Z = -Nk_BT \log \left(1+e^{-\beta\varepsilon}\right) }$$
です。内部エネルギーも熱容量も$${Z}$$から求められます。
次に等準位系。これはそれぞれの粒子のエネルギー準位が間隔$${\varepsilon}$$の等間隔になっているもので、要するに調和振動子です。各粒子のエネルギー準位が無限にあるので、$${N}$$粒子の微視的状態も無限通りあります。$${z_1}$$は
$${z_1 =\sum_{l=0}^\infty e^{-l\beta\varepsilon} = \frac{1}{1-e^{-\beta\varepsilon}} }$$
$${N}$$粒子系の分配関数は
$${Z=(z_1)^N = \left(1-e^{-\beta\varepsilon}\right)^{-N} }$$
ヘルムホルツ自由エネルギーは
$${F=-k_BT\log Z = Nk_BT \log \left(1-e^{-\beta\varepsilon}\right) }$$
となります。
固体の比熱を表すデバイモデルやプランクの黒体輻射の問題はちょっと違っていて、角振動数が異なる調和振動子の集まりとみなせます。だから、$${z_1}$$が角振動数ごとに違い、角振動数$${\omega}$$の関数$${z_1(\omega)}$$になります。それでも、相互作用しない調和振動子の集まりなので、分配関数は各調和振動子の分配関数の積で表せて
$${Z=\prod_\omega z_1(\omega) }$$
です。ただし、積は全ての角振動数について。同じ角振動数の調和振動子が複数ある時にはそれも全部掛けます。これは計算しづらいので、対数にして
$${\log Z=\sum_\omega \log z_1(\omega) }$$
なら計算できるんじゃないかというのが計算の戦略ですが、この記事はここまでにしておきます。
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