新しい取り組みに、デザインが必要な理由。
新しい(今までにはない)仕事、新しい(今までにはない)サービスを作る時には、連想力を超えた想像力が大切だと思うのだ。
ナナメ上でも、かけ合わせでも、なんでも良い。今あるものを連想するだけではなく、先入観や価値観に縛られずに考えられるって、ステキだ。
でもそれは大抵、世の中の多くの人には「何を言ってるのか分からない、こ難しい」「ウケない」「非現実的だ」と、言われるようなことなんだ。
まぁ、そのうち世の中が追いついてくるのだろうから、別にウケなくて良いや、と達観したり、ヒネクレたりできる人は良い。けど、待っていられない、待つより広める側でありたいと思う人は、途端に悩む。
(僕も、そちら側の人間だ。)
とはいえ、無理矢理エンタメ感を出したり、エサぶら下げて大衆に媚びたいんじゃない。そんな愛想笑いに体力とおカネを割く行為(しばしば、狭義の広告やマーケと呼ばれる)は、生まれてこのかた得意じゃないのだ。
今あるものじゃ違うとか、何かが足りないとか、モヤモヤを持っている人。でも、「自分はどうしたいか、どうしたら良いのか」が定まらないでモンモンとしている人が、実は沢山いる。
自分が「想像」を始めた時にも似た、
渦巻くような波動?を強く感じるんだ。
そういうモヤモヤ&モンモンしている人たちにだけ、まず届けたい。「お?」「これ(かも)!」と期待や共感をしてもらいたい。関わってもらって、一緒に考えて、作る仲間になってもらいたい。
これ、まさにデザインのチカラだなー、と。
大衆向けのナマグサく、どれもよく似た取り組みに価値はないのだよ。むしろ、新しいけどちょっと説明が難しいくらいの取り組みを、モヤモヤを感じている人の"霧を払うような"届け方ができたらなぁ。
なんと思っている時にそんなサービスデザインに出会うと、期待でドキドキしてしまう。
日々、勉強だなーと思ってます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?