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知の探索: 何かを「辞めた人」と向き合うこと。

2021年に入り、人生の転機を迎えた連絡をもらったり、人づてに耳にしたりすることが増えた。その大半が、何かを始めたことよりも、何かを辞めた(次のことは決まってない、これから考える)という話だった。僕はこういう時、その人からゆっくり話を聞くようにしている。

誰かが何かを辞める(または辞めさせられる)時は、様々な負の影響や風評、関係性の悪化を考慮してもなお、何かを貫きたいとか、何かを死守したくて対立する…ということが多々ある。もちろん問題やトラブルもある。本人からは積極的には言えないこと、言わないと決めたこともあるだろう。非難や憶測の応酬には付き合わず、沈黙を守る人もいる。

こうした「辞めた、辞めざるを得なかった」ことを、本人はなかなか話したがらない。他人にあまり話さないから言語化が進んでいない…でも譲れなかったことがあった…みたいな思いを、本人が話したくなるまで付き合って、ゆっくり聞かせてもらうのだ。

一方で、辞めて行った人を悪く言う組織や、辞めた後に組織を悪く言う人もいる。これはすぐ増える。すぐ騒ぎ出す。声が大きいのでまるでそれが事実かのようにひろまるが、大抵そちらの方に問題がある。それら情報の大半がただの心象の増幅なのだ。「私は良い人で、あの人は悪い人だ、と自分を肯定して欲しい人の願望」と、「それに安易に同調・共感する無思考な人がつくる連鎖」でしかない。「呪い」と言っても良い。

だから、そういう情報を耳にしても、影響を受けないトレーニングが必要だ。一番なのは、他人による口頭での人物評価を「徹底的に、信じない」ことだ。誰かのネガな噂を口にして先入観を刷り込んで来る人とは、親しい家族や友人だろうと距離を取ること。

できれば信頼に足る一次情報(理想は、ただの情報の羅列)にアクセスし、自分の解釈で捉えるまではコメントしないし、耳を貸さない。加えて、それは全て過去のことなのだから、本人がそれをどう捉えて、これからどうしたいかが全てだ。だから本人からゆっくり聞くのが良い。

何かを辞めたくらいでよく話題に上がる・名前を聞く人なら、必ず自分とは遠からず縁がある。直接会って、深く話してみて、その上で判断すれば良い。その判断が後になって間違っていることもあるだろう。付き合ってみたものの、お互いが変化する中で関係が壊れることもあるだろう。それは自己責任・お互い様だから。

断言する。

異才、怪物、変態…そうした人物で、良い噂だけの人なんていない。むしろ、社会不適合、トラブル、ナゾ行動の噂ばかりで、辞めた・辞めさせられたも事欠かない(笑)。もちろん人に迷惑かけること、ルールを破ることはダメ…って言い続けなきゃいけないけどさ。むしろ、カンペキな人なんかいるわけ無い、というアタリマエにも立たなきゃ、人付き合いなんて始まらないわけ。

そういう異端な人を、面白くもない人達が口にする面白くもないウワサ程度で避けていたら、人生どんどん予定調和になって、最後には自分自身もそれに縛られてツマラナイ人生になってしまうのだろう。

友達、仕事仲間。僕自身はそれほど沢山の人と付き合えるほど器用ではないけれど、できれば、僕の想像を超えた人と作用しながら生きてきたいし、身の回りの誰かが大きく変化するタイミングくらいは近くにいられたら…と思っている。その一つのきっかけとして「何かを辞めた」人と対話する、はとても良いきっかけになるのだ。

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インキュベーター。ライフワークは #プラネタリーグッド な社会づくり。農畜水産、食料、生物資源分野が専門。慶應SFC研究所 上席所員/農林水産省生物多様性戦略 検討委員など。いきものカンパニーなど2社の代表。グッドデザイン金賞など。