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長編小説「話の途中」

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2024年9月の記事一覧

夢の途中

 ダイスケの頬は少しこけたように見えたが、他は変わりがなかった。中央から分けた前髪が眉毛の端を通って耳に向かい、耳たぶの下からは余計な肉のない顎のラインがくっきり浮かび上がっている。十五歳の時から飽きるほど眺めてきたはずのダイスケの横顔を、私は初めて見るように眺めている。髪の束になった部分や耳の微妙な曲線や唇の皺の一つ一つにダイスケがいて、それを見逃してはならないと思っているかのようだった。  私達はHEPFIVE前の柵に並んで腰掛けていた。 「久しぶり」とダイスケは言った。

かくれんぼ2

 長柄橋を渡る間に、カップ酒を飲み干した。トラックが走ってくる度に橋が縦に揺れるので、何度も立ち止まった。真向かいから吹く風で息苦しくて顔を背けていたせいか、橋がいつもより長く感じた。闇に同化したような黒い川を見下ろすと胸が静まる。祖父が火葬炉で焼かれているのをガラス越しに眺めていた時の感じに似ていた。私は祖父の顔を思い浮かべようとした。火葬炉から引き出された台車の上で身動きしない頭蓋骨が脳裏に浮かんだ。静寂を求めて歩いてきたはずだったが、本当に静かなものに近づくことが危険な

クリスマスの観音像

 一人になると街まで変わったように見えた。馴染みのある角まで歩いて、そこを右に曲がる。暗がりの中、うっすらと光る「PECO」の文字。私はバーの重い扉を開けた。  カウンターの端に座って、デュベルを頼んだ。客は年配のカップルとグループがほとんどで、カウンターの上に小さなサンタクロースの人形が置いてある他はいつもと変わりがなかった。  隣りではスーツを着て眼鏡をかけた四十代くらいに見える男が、海外旅行の経験を語っていた。ベルギーにはオランダから入ったとか、シンガポールで偶然に知人

光、光、光

 梅田の街を十分ほど歩いた。冷たい風が頬に心地良かった。店から夜の街に出た開放感、まだこれからお楽しみが残っているという予感、尽きることなく交わされるおしゃべりの中を私達は歩いていた。お祭り騒ぎに胸を高ぶらせている人々の笑顔や喚声や繋がれる手。携帯電話を手に、目の前にいない人に話し掛けている人々。駅へと急ぐ人々の流れ、その無数に繰り出される足。車道を赤いテールランプがひっきりなしに走り、信号の緑と赤さえも特別な光を宿しているみたいに見える。赤い観覧車が建物の隙間に浮かび、赤を

ダブルデート2

 手の平に銀色に輝く四角を載せて、ゆっくり顔に近づけていく。小さなアルファベットでポールスミスという刻印があるのを私は認める。細かい擦り傷に覆われたシルバージッポ。キャップを開けて、ホイールを親指で擦る。発火石の擦れる心地良い音が鳴り、小さな火が現われて、どことなく甘いオイルの匂いがテーブルの上に立ち昇る。オレンジとイエローの尖った火をひとしきり眺めて、いきなり親指でキャップを被せる。金属が触れ合う、カチャという音が鳴って火は消えた。  午後六時前、予約していたカフェにはまだ