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同じメニューを頼むたったひとつの店


 「ブレンドコーヒーと、カレーライスのセットください」入口から横に並ぶ窓際の席、一番奥の、コーヒー豆が並ぶストックルームとの壁に挟まれた椅子に座る。
 通い慣れた飲食店はいい。言葉がいらない。コーヒーは食後にしますか?とか聞かれないし、ミルクと砂糖はついてこない。水も氷なしで出てくる。通った分だけ、自分好みにカスタマイズしてくれる。

 思い出もたくさん詰まってる。店員さんとのやり取り、美味しかった料理、それに、一緒に来た人。

 
 タバコが吸えるいいところがあるんだよ、と君に連れてきてもらったのは大学3年ゼミのあとだった。10人ちょっといるメンバーの中で、喫煙者は私と君だけ。GWが明けて、やる気の出ないけだるい月曜日の午後。
 大学から駅と反対方向へ向かって歩く。15分くらいすると、ガラス張りの喫茶店が見えてきた。茶色っぽい内装で、清潔感がある。レトロではなく、映えを意識したわけでもない店内。確かに、いい感じだ。


 「いらっしゃいませ。」「こんにちは、今日はデザート何がありますか?」「レモンタルトはどう?」「え、美味しそう。お願いします。」通ううちに、経営する若いご夫婦とは年の離れたお兄さんお姉さんのような距離感になり、仲良くなった。君が頼むのは必ずブレンドコーヒーとカレーのセット。私は毎回メニューを見て、季節のコーヒーと、奥さんが思い付きでつくるスイーツかご飯ものを注文する。

 お互いの料理をつつき合い、昼ご飯なのか夜ご飯なのかよくわからない時間帯、タバコを吸いながらだらだらしゃべる。「いつも同じもの食べて飽きないの?」「飽きないし、安定したおいしさは安心」「ふぅん、私はおいしいお店のメニューはそれぞれどんな味か気になるけどな」4年になってもゼミは変わらずあって、終わった後に喫茶店に行くのは毎週お決まりのコースになっていた。


 紅葉も終わって、次はクリスマスだね、なんて話が出た週の半ば、ゼミメンバーから電話がかかってきた。珍しいなと思いながら出ると、泣きじゃくっていて、よく聞こえない。聞こえていても、理解したくなかったのかもしれない。君は死んだ。

 その週の土日に葬儀を終え、月曜日、1人で喫茶店に向かう。いつ言おうか。入ってすぐは唐突すぎるかな、料理を持ってきてくれたときがいいかもしれない。そんなことをぐるぐる考えているうちに、お店に着いてしまった。入口奥の、窓と壁に挟まれた席に座る。「今日1人?」「うん、ちょっとね…ブレンドコーヒーとカレーのセットください」「はーい」不思議そうに注文を取っていった奥さん越しに、店内の様子をうかがう。

 ぽつぽつと人がいる程度で、忙しくはなさそう。「いまちょっと時間ある?」雰囲気を察したのか、カレーを運んできた奥さんが横にかがんで、小さな声で「どうしたの」と答えた。「ごめんね、仕事中に、急で申し訳ないんだけど…彼、死んじゃったんだよね」

 「え?冗談でしょ?」「いや、本当」「ドッキリとかじゃなくて?この後しれっと、びっくりした~?って入ってくるとかじゃなく?」「そうだったらよかったんだけどね…お葬式も昨日終わって」無言で顔をじっと見つめられ、何も言えず、笑うしかない。
 奥さんはだんだんと涙目になっていく。「そっかぁ。教えてくれてありがとね。旦那には私から伝えとく。」「ん、ありがとう、ごめんね仕事中に」厨房に入っていくのを見送り、カレーに手を付ける。君から一口もらったときと、同じ味がした。

 帰り際、目を真っ赤にした旦那さんにこれからも毎週来るから、と約束して店を出る。その後、大学を卒業するまで通い続けた。人が変わっても、閉店しない限りお店はずっとそこにある。メニューも、定番はずっと残り続けるだろう。

 社会人になってからも、時間を見つけて、近くまで来たら立ち寄るようにしている。メニューを開くことはなくなった。君が死んでからは、同じメニューしか頼んでない。

 「ブレンドコーヒーと、カレーライスのセットください」


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