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寄り添う犬

 夏の日の事。

 汗だくになりながらお客様のお宅でキッチンの水栓器具を交換していた。
 流し台の下に仰向けに頭を突っ込んで器具を外していた時、私の腹部に何かが触れた。

 "え。何?なんかおる。なに?"

 恐る恐る腹部の方に目を向けると私の腹に顎を乗せて寝そべる1匹の犬がいる。
 オムツをし、くたびれた毛並みのダックスフンドのお爺ちゃん犬。

私「へっ?なんよ!どっから来たの?」

 作業を一旦ストップして寝そべる彼に触れてみた。
 彼の目は真っ白で私の姿が見えているのかは分からないが、私の腹部の高さが丁度良かったのか全く動く様子はない。


お客様「あら。そこにいたの?珍しいわね。居心地がいいのかしら。邪魔しちゃダメよ。」

 奥様が優しい口調で彼に問うも、彼は聞こえているのかいないのか「フウゥー。」と大きく鼻から息を吐いて動く気配を見せなかった。

奥様「もう16歳でね。長くないのよ。この子。」
  「病気があってね。治療の甲斐なくあと1ヶ月もてば良い方だってお医者さんに言われちゃった。」
  「なんだか居心地が良いみたいだからお邪魔にならない程度で良いから側にいさせてもいい?」

 私には断る理由など一つも無かった。

 私も犬を飼っている。
 まだ若い2匹のトイプードルだ。
 元気いっぱいのやんちゃ犬だが、いつか自分の犬が年老いた時、休まる場所を求めて見えてるか聞こえてるかも分からない不自由な身体を私に寄せて来たならば
 「守ってあげたい。側にいてあげたい。」
 きっとそう思うだろう。

 自分の犬と寄り添う彼の姿を重ね、そんな感情がブワッと湧いて初めて会う彼の事を堪らなく愛おしく思った。

  "「交換が終わるまで好きなだけ側にいてよ。」"


 その後も彼は帰る寸前まで私の側に寄り添っていてくれた。

 "彼が1日でも長く彼の愛する奥様や御家族と一緒にいれますように…。"

 その日の深夜。帰宅した瞬間、嬉しそうに飛び跳ねて私を迎える2匹を強く抱きしめた。


菊池真琴​

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