消毒の極み
結構前の話。
天気の良い昼下がり。トイレ詰まりの現場に臨場した時の事。
訪問先の玄関で家主の80歳位のおじいちゃんといつも通り症状などをヒアリングした後、自宅に上がろうとした。
じいちゃん「おっ!兄ちゃん。消毒して上がってくれ。こんなご時世だから一応な。」
私「承知致しました!」
持参して来たハンドソープタイプの消毒を手に付けようとした時、じいちゃんが言った。
じいちゃん「あ。どこでかって買って来た分からん物じゃ無くてウチの消毒でやってくれ!これは強ぇから!」
「兄ちゃん来るってぇからわざわざ作ったんだよ。」
私「はいっ!!頂戴致します!」
疑い深くある事もこのご時世では絶対に必要だと思う。
素直に従って手を差し出した。
じいちゃん「コレ付けときゃ絶対大丈夫だ。」
自信満々に詰め替え専用の透明なボトルに入った液体を満遍なく手元に垂らして頂き、トイレを拝見して取るべき措置の説明をしていた時。
"ん!?痒い…。いや。痛痒い…。手が…。"
会話の最中にゴム手袋を外して手を見てみると、手の全体が赤くなり乾燥したようにカサカサに。更に皮膚の弱ってる部分は少しただれかけているように見えた。
"なんだこれ…。え。なんで!?"
私「〇〇様。先程頂戴した消毒液なのですが、中身ってどんな液体を入れてらっしゃいましたか?」
じいちゃん「あれか!あれは強いぞ!?コレだよ。」
そぉ言ってじいちゃんが私に見せた物はハイターだった。
私「薄めたりとかは…。」
じいちゃん「する訳あんめぇ!弱くなるじゃねーか!」
私「!?!?!?」
じいちゃんは1人暮らし。
毎日テレビを見て過ごしているそうだ。
久々に家に訪れる見ず知らずの他人からウィルスをうつされる事を恐れて慌ててお手製の消毒液を作ったそうだ。
そしてその日に限って私の鼻は花粉にやられて利きが悪かった。
その後、手を洗わせて頂いた上で無事作業も終了。
事後説明の際にハイターの使用は危険な事にも触れてお伝えした。
じいちゃんは手を合わせて必死に謝っていた。
「次亜塩素酸の事をテレビでやってたからコレ使えば良いと思ったんだ。兄ちゃんごめんな。ごめんな。」
何度も何度も頭を下げてくれた。
帰りの車内。
洗い流しはしたものの爛れた手を見ながら、不思議と怒りの感情なんかは湧いて来なかった。
「誰も悪くない。じいちゃんも。絶対に悪くない。」
日々話相手がいない中、必死にメディアの情報を聞き取り、自身の身を守ろうとして行動したじいちゃん。
"生きたい。感染してたまるか。"
そんな強い気持ちが成した行動。
きっと訪問する先々の方が口には出さずとも私達外の人間が来た際に一抹の不安を感じてる事なのだろう。
"元の世の中に戻って欲しい…。こんなしょうもない不安を誰も感じなくて良い世の中に。"
そんな事を考えながら。爛れた手の平を見つめ、次の現場に車を走らせた。
菊池真琴
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