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smashing! きみのりょういきに

目が覚めたら知らない天井。
なにここ…神殿…?
あ、そうか泊まったんだ。ハルちゃんちだ。なんだろう身体が重くて全然動かない。声も出ないなんて初めてだ。
記憶が飛んでて覚えてない。だけど凄く目眩いた記憶だけある。喉は枯れてるし、空腹度とんでもない。もたつきながら身じろぎすると、隣から小さく笑う声。そっと髪を撫でられる。あれ。なんで俺こんなにクタクタなんだ?寝返りもやっととか、どんだけ筋肉衰えた?えっと、俺、確か昨日…?

「飲みやすい、スープとか持ってきましょうか?伊達さん」

紛れもなく、雲母春己。ハルちゃんの声。なのにこの俺の惨状は一体。
俺はまた、何か間違えてしまったのだろうか。

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弟の木国 朝が経営する「もっこく果樹園」に税務署関係の手伝いに駆り出され、帰りに一升瓶に入ったナンバリング付果樹園オリジナル稀少ワインを数本と、弟のともくん自家製柴漬けを持ち、伊達は駅から雲母春己に連絡を入れた。
数時間後、改札口の向こうで彼は待っていた。長身痩躯、珍しく黒いモッズコートにストレートジーンズ。それでも雲母はとんでもなく目立ってる。なにあの足2メートルあんの?そして今日はウェリントンフレーム+ツーブロック。あれ?髪伸びた?

「けっこうな荷物、じゃご自宅までお送りしましょう」
「あのこれ…全部ハルちゃんのお土産」
「僕に?全部?」

だから僕に電話くれたんですね。心底嬉しそうに雲母は目を輝かせる。じゃあ是非家へ寄って下さい。せっかくですから一緒にご飯どうですか?伊達はもちろん快諾。浮ついた気分を押さえながら雲母の車に。小回りのきくワーゲンを選ぶところが彼らしい。
確かに狙っていた。二人きりになれれば後は全て上手くこなす自信もある。伊達はそう思って疑わなかった。

駅からさほど遠くない繁華街の裏手、高級住宅街に位置するマンションの最上階。

「えなにすっげペントハウスすっげ!」
「いやいや意外にも。卓さんのツテで」
「うわ…俺も頼んでみようかなあ」

引っ越す予定もないのだが、雲母の住むこの部屋は伊達にとってとんでもなく魅力的だった。ペントハウスらしく天井は高く、あちこちにパルテノン神殿(?)みたいな細工がなされていたり。安普請でないものは自ずと高級感が滲み出るものだ。無駄な物がないかわりに、寛ぐためのソファーなんかが明らかに値が張る物ばかり。雲母がキッチンへ向かうのを見送りながら、ローテーブルに土産を並べる。
しばらくして雲母が紅茶を運んできた。伊達の並べた土産の一つ、一升瓶ワインを見て驚きに目を見開く。

「伊達さん、これ、このワイン」
「…ハルちゃんのお気に入りなんでしょ?」
「鬼丸くん達から聞いて?」
「これ、ウチの弟の果樹園で作ってるの。貴重なの選んできた」
「…………」
「最新の名簿にね偶然、ハルちゃんの名前見つけて」
「…伊達さん、僕ねこれ知ってからワインジプシー卒業できたんです。あ、でもどんなのも美味しくいただけますけどね」

雲母はワインの瓶にそっと触れる。これ、僕のセラーで少し寝かせてあげて、それから一緒に呑みませんか?きっと移動で疲れてしまってるかも知れない。雲母の、ワインに対する拘りと愛情を垣間見たようで、伊達は少しばかり心の中がくすぐったい感じがした。

「よかったなあ。ハルちゃんに優しくして貰えて。俺ね、これ渡すのにちょっと覚悟してきた」
「かくご…」
「俺のこと嫌いじゃないなら、ちゃんと付き合って欲しいの」
「ちゃんと?」
「うん。こないだチューしてそのまんま放っといて何だけど。俺ねハルちゃんと、付き合いたい」

面食らった雲母の顔が、段々と優しく照れくさそうにその表情を変えていく。ああ、綺麗だな。最初見たとき喜多村に似てる、そう思ったけど全然違う。や、千弦もいい男だよ?でも。

「あなたが後悔しないんなら」
「おしオッケーな!聞いたからな!やっぱナシってのナシね」
「…承りました」

その前に色々片付けたり、一緒にご飯食べましょう。今にも飛び付きそうだった伊達をたしなめ、雲母が笑った。

程よく落ち着かせ冷やした赤ワインは、佐久間の家で初めて口にしたものよりも重厚で辛口、実に薫り高い逸品だった。雲母はうっとりとグラスを眺め、何度も伊達に礼を言った。
料理はあまり、という雲母の代わりに伊達がキッチンに立つ。チーズオムレツ、トマトと枝豆とオリーブのサラダ。今日は時間掛けたくないの。あと柴漬けすごいからね。そういって伊達が笑う。
二人ともいい感じに酔いが回り、互いに絡めた目線を外せなくなった頃。先にお風呂入ってきますから、あなたは後で。大人しく待っててくださいね。夢見るような雲母の声が、遠くに聞こえた。

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「お待たせしました。これ薄口ですけどしっかりコクがあって…伊達さん?」
「…ハルちゃん。昨夜さ俺、ちゃんとできてた?」

酷く掠れた声でぼそぼそと尋ねた伊達に、雲母はサイドテーブルにスープマグを置き、優しく答える。

「はい、ちゃんと。僕のいうことちゃんと聞いてくれて。お利口でしたよ」
「…あ、」

「お利口」その言葉を聞いた途端に蘇る記憶。俺は、確かに、ハルちゃんと…た、中に入れて貰えた。でもあれは。あの体勢は。

「僕、上じゃないと出来なくて。びっくりさせちゃいましたもんね。伊達さん押さえつけちゃって。手、痛くなかったですか?」
「…いた、くない」
「フフ…いい子ですね」

これだったんだ。雲母は今までの人間とは違う。心の奥底から「行くべきではない」と自分の中で鳴り続ける警鐘を、聞かない振りをしていた。
これまで会わずに済んでいた種類の、雲母はS側だった。
今まで自分にとっての「行くべきではない」は即ち「行け」だ。伊達は全く後悔はなかった。ただ、雲母のテリトリーに踏み込んだ以上、仕方のないこと。そうも思っていた。
優しく順を追って暴かれ、心の身ぐるみ剥がされて。
経験したことのない感覚への予感が、甘い期待となって伊達の中に広がっていく。片側だけ色を違えた彼の瞳が、雲母の前でゆるやかな欲の色を湛えていた。

「今日お休みで、僕時間ありますけど、どうします?」

ベッドの側で立ったままの雲母の前、蹲って頭を垂れる。

「…ルちゃんの、好きに、して」

承りました。喉の奥で低く笑って、雲母は優しく優しく、伊達を抱き締めた。




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