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smashing! すっかりうっかりなおれ

佐久間イヌネコ病院・佐久間鬼丸獣医師の友人、結城卓と小越優羽。155cmと163cm。小柄でも男前な可愛い年の差カプ。


結城は急いでいた。ていうか昨夜からずっと忙しかった。小越がそれこそ夜明け前に仕事に出掛け、結城はその後二度寝せず家中掃除して、猫の世話して自分も卵掛けご飯食べて。今日は昼から佐久間の家で、佐久間の兄ちゃんからの「ふるさと便」を山分けの会が行われるのだ。二度寝など許されないのだ。

ゴールデンウィーク、仲間内全員で遊びに行った佐久間の実家の寺。そこで佐久間の兄・達丸に全員がメロメロ大好き状態になり、今に至る。
それからというもの、佐久間宅に月に数度届けられる「ふるさと便」がパワーアップ。みんなで分けなさい的に内容も量も凄くなり、必然的に佐久間家にて山分けされるのだ。

あれが楽しみな「ちっちゃいものクラブ」結城は、早々に家を出た。聞くところによると佐久間の心酔する手羽先屋のブツを冷凍したやつがごっそり届いたらしい。あの胡椒で真っ黒のとんでもない逸品。ビール「樽」で持ってこんかいなあれを、結城はどうしてもみんなと一緒に食べたかった、そんで持って帰りたかった。

近道である商店街の中を抜けようと通りを足早に歩く。何だか今日は視線が痛い。結城の外見はほぼ女子、ランクで言っても上玉なのでかなりの注目を集めるが、今日はまたそれ以上のギャラリーの気配。
え何?今日そんな俺かわいい?気にしだしたら世界中に晒されてる感。よくインフルエンサーとか言われてるのいるけど「ザ」か「サー」の違いであんな扱い変わるんだな。どうでもいいことを考えながら佐久間の家へ急ぐ結城。

「結城さん、こんちわ」
「あ、マスターだ。儲かってるん?」
「まあぼちぼちですね。どこいくの?銭湯?」

黒ずくめ、フードを目深に被った喫茶店マスター・岸志田。彼は脳内で構築したオウンワールドをそのまま会話に乗っけてくるので、いきなり何言ってんだ状態にされるのだが、慣れればどうってことはない。今日の結城はバックボタンシャツにオーバーオールタイプのゆるパンツ。けっこう足首も出てるからきっと涼しげってことなんだろう。これから佐久間のとこ行くの。そう言うと途端に岸志田の大きな目が輝く。

「俺、夜になったら院長に会いに行こうと思ってたんだけど」
「そうなの?」
「俺が行くってこと言わないで。サプライズしたいから」
「りょうかい」

いや言っても言わなくても、お前の来訪こそがサプライズだと思うけどな。手土産に佐久間へのコーヒー豆を貰い、結城は更にその先を急いだ。別れ際、岸志田が何か言っていたのだが、結城には聞こえなかった。

「あの格好あれかな、院長とこのドレスコードかな…大胆…」

途中、お馴染みの「佐久間イヌネコ病院常連ご婦人」牛尾さんにも遭遇。これから佐久間のとこ行くって言ったら、袋にいっぱいのプチトマト持たせてくれた。挨拶もそこそこの結城の後ろ姿に、彼女は良いもの見た、みたいな顔でうっとりと呟いたのだった。

「すごい…きれいな桃みたい…」

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玄関のカウベル、ワンノックオープン。どこぞのもののふみたいな入場の仕方やな。勝手知ったる佐久間家に上がり込んだ結城。そこにはソファーでにこやかにコーヒーを嗜む雲母がいた。

「こんにちは卓くん…ああ、すごい荷物」

雲母は慌てて結城に駆け寄り、荷物をテーブル脇に並べていく。

「プチトマト新鮮…あ、これメケメケのブレンドですね僕も分けて貰おう…さ、卓くん座って」
「ありがとハルちゃん!つっかれたー!」
「…………す……卓くん……ヒャ…fwsljこs…???」

結城の背後に立った雲母から何かの呪文のような叫び。へなへなと床に座り込む雲母。丁度奥から出てきた佐久間と喜多村が、血相を変えて近寄ってきた。

「…ハルちゃんどうした!気分悪いの?」
「ハルさん !? 」
「……えまじ !? そんな重かった !?」
「…こ…卓くんこれ……」

雲母は震える手で結城を指差した。へ?俺?え何俺なんかした !? 這うように近づいた雲母が狼狽する結城の肩を掴み、後ろを向かせたそこには。

「…すぐるん…どしたそれ…」
「…え!!!なにコレエエエエエエエ!!」

シャツのバックボタンは肩甲骨から下が全開。オーバーオールタイプのゆるパンツはウエスト部分が裂けて腰骨の下まで落ちている。おそらくオーバーオール部分がひっかかってくれてたので下に落ちずに済んでいたのだろう。結城は家から商店街を抜けここに来る間、なんとケツマルダシ状態だったのである。てかなんで今日パンツ履いてないのお前は。

「…お風呂急いでて忘れてた…優羽がいないとパンツあるとこ分かんないんだもん…」
「なんという幸…いや、災難でしたね卓くん…フ…ククッ…」

自分の麻のジャケットをそっと結城の腰に巻き付けてやりながら、必死で笑いを堪える雲母。でもその間ずっとすぐるんの尻、凝視してたよねハルちゃん。喜多村は心の中でツッコミを入れる。さ、さあさあ、みんなで分けよっか「ふるさと便」!明るすぎる佐久間のバリトンがリビングに空しく響く。

「卓が欲しいの持ってっていいから。その、元気出せ」

院長の励ましも卓には届か…と思いきや、結城のハスキーヴォイスが爆発、いや、爆笑。自分でウケすぎて笑いがとまらなくなった結城が、雲母に縋ったまま悶絶。雲母も釣られてまた悶絶。人ってなんで大笑いすると涙出るんだろ。

「アハハハし、尻出し…まんまアハハ尻アハアハハ…ハッヒヒ…ィ」
「大変でしたね卓く…フフフ…ククッ…クッ」
「…さ、山分けすっぞー」

雲母に飛び火した笑いは留まるところを知らなかった。待って俺も僕も入れて!叫んだはずの言葉は全て笑い声に換算される。笑いすぎって、ほっといても大丈夫だよな?喜多村は結城を小脇に抱え、ソファーに座らせてやった。丸まったままの結城はそれでも嬉しそうに、「ふるさと便」の箱を開ける佐久間の後ろから、雲母と一緒に覗き込んだのだった。




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