見出し画像

smashing! あなたとたまによりみちを

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。
一日数回の日課、犬のリイコの散歩。佐久間と喜多村は交代で行くことが多いが、時折、訪れた友人や非常勤の理学療法士なんかに頼んだりすることもある。
本日のリイコさんお散歩案内人は、その理学療法士さんです。


「あーこの辺はワンちゃん少ないんな…」

珍しく雲母が、親代わりで後見人だった白河夏己弁護士の用事でしばらく忙しくなるという。淋しいからと言って伊達はそのまま佐久間家に泊まり込んでいた。通常佐久間家の朝は早い。大体6時前には起き出すので朝の日課に巻き込まれる。伊達は朝食後、喜多村大魔神にリイコの散歩の命を仰せつかったのだ。

下が長めの甚平に散歩用のビーサン姿。佐久間のをそのまま全借りしているので、伊達はぱっと見ほぼ佐久間院長。間違えられることも多々。リイコを連れ、病院に隣接している大きな公園へと出掛けた。早朝は人も少なめ。
雄の中型犬リイコは、少し変わった風貌をしている。チョコレートブラウンの短毛ミックスで、頭の天辺にはくるくる巻き毛。顔の真横に大きな耳、薄いオレンジの小さな目、そして全体で見ると大体4頭身。ある意味可愛いと言えないこともない。
この伊達と佐久間、そしてリイコが並ぶとそこは「毛玉牧場」と化す(結城卓談)。喜多村の趣味全開などと不名誉(?)なグループに入れられているのだ。

いいやねいいやね、好かれるんは大好き。伊達は鼻歌交じりでリイコに話しかけながら、のっそりと先を歩く彼の後を付いていく。ここもなかなかに静かで空気がいい。隣が公園だと佐久間んとこけっこう騒がしいかなと思ってたけど。閑静な遊歩道を進んでいくとその先、大きな電波時計がそびえ立つ広場に出る。ここを越えると道の反対側はコンビニ。伊達は「弁当」は好まないがコンビニは大好き。そういえばじゅじゅちゅサンポのブラインドの…何か出てたな何か。お財布をポケット叩いて確認して。思い立った伊達は足取りも軽く、コンビニ方面に方向を変えようとした。

その時いきなり、リイコが動いた。

緩慢な動きからの低姿勢匍匐前進。さらに疾走。リードを強くひっぱられ転びそうになりながら伊達は必死で付いていく。待って待ってリイコリイコさんどこ行くのおおお!
この公園は、もう一つの別の公園と繋がっている。ほぼ隣接しているので一緒くたにされがちだが、丁度街の境界線でもある。伊達はまだ足を踏み入れたことのない場所でリイコとほぼ全力疾走しながら、ああ、俺いま未開の地入って経験値もらえたなこれ…力なく呟く。

「ン!ォン!!ォン!ォン!」
「えなにそんな大きい声出るのリイコ!どしたん!どこ行くん!」

林を抜け芝生の広がる大きな広場の片隅、ベンチに腰掛けこちらに向かって手を振っているのは、見目麗しくしかも見慣れたあの、長身痩躯の男性。

「えっ…ハ、ハルちゃん !? 」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「びっくりしたん…なんでこんなとこに?」
「すみませんお恥ずかしい…実は…」

白河弁護士の用事も恙なく終わり、昨晩は皆で打ち上げを楽しんだ。良い感じに酔いも回ってタクシーで各自送って貰い「ここで大丈夫です」と降りたところが…知っているようで知らない公園。白河弁護士は最初、ここでいいの?と心配していたが、自らもかなり回っていたためそのまま雲母をタクシーから降ろしてしまったらしい。

食事会の時。自分は直接関わっていない案件なのをいいことに、つい退屈した雲母は、伊達の左耳の裏の埋め込まれているマイクロチップの位置確認をしたりして遊んでいたら、けっこう電池食うんで残量が少なくなり、電話も出来ない状態に。昨今公衆電話を見かけませんよね。雲母は少し甘い酒の匂いをさせながら楽しそうに笑っている。
しかも久しぶりに着たスーツと革靴の窮屈さが災いし、ついサンダルのつもりで渡った側溝のところで足を軽く挫いてしまった。困ってほんの少し電池量の残った携帯を起動させた途端、微弱なバイブが振動したのだ。伊達の接近に反応して。

「八方塞がりだったん…びっくりしたぁ呼んで?俺呼んで?」
「ごめんなさい…ああ、あなたを心配させるつもりはなかった」
「…ォン」
「!ああごめんなさいリイコくん。君がこの人をここまで連れて来てくれたんですね。何とお礼を言ったらいいか…」

雲母はリイコの頭のふわふわを優しく撫でた。鼻の下を伸ばしていた(いるように見えた)リイコは、伊達の手の自分のリードを持ち手ごと咥えると、そのまま来た道を戻り始めた。

「え!ちょっ待ってリイコ!お前ひとりで帰れるの?」

伊達は雲母に背中に乗るよう促し、そのまま背負ってリイコの後を付いていく。道草もせず脇目も振らず、リイコは佐久間の家に向かっている。えらいなあ誘惑にも負けないなんて。伊達が零した言葉を、腕を回して伊達の左耳に口づけると、雲母が笑った。

「ひょっとして、寄り道したせいで、僕を見つけてくれたんじゃないですか?」

あ、そうね、そうかも!途端テンションが上がった伊達は、雲母を背負ったまま小走りになる。伊達さん僕重いでしょ。ハルちゃんなんか実習で背負ったセントバーナードのムサシよりか全然よ?伊達さんの比較対象は僕にとってのメラビアンの法則ですよ?(なんか色々一致しない)

「ここで、ハルちゃんと初めてチューしたんよね」
「ええ、もちろん覚えてますよ、伊達さん」


公園の向こう。佐久間と喜多村がリイコを連れて走ってくるのが分かる。たまには寄り道も大事よね。伊達は自分に回された雲母の手首に軽くキスすると、よっこらせ。雲母を背負い直し、二人の元へと急いだ。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?