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smashing! オレだけののびしろを

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。そして最近、伊達の家に加わった、伊達の後輩・設楽泰司。


秋晴れの祝日。伊達は実家の用事、雲母は白河弁護士に頼まれての用事。せっかくの連休なのにぼっちの設楽。いいんだオレはもともとそんなに群れる質じゃないし。寂しくなんかないし。今週は全員雲母のペントハウスに滞在の予定。まだ昼前、せっかくだから全室掃除したり、夕方は屋上庭園でビール呑んで佐久間さん家でも覗こう。雲母さんのシグなんとかの双眼鏡で。

結局全然汚れてなかったので掃除はすぐ終わって、次は食料調達に。エントランス出たら商店街が近いのも助かる。設楽は伊達の軽量キャリーを手に、先日のサバゲーでもらったTシャツとミリタリーパンツ、ビーサン姿。まだ十分暑いし。ちょうど腹ごしらえも兼ねようと、設楽は飲食店を眺めつつ商店街をのんびりと歩いていた。すると向かい側のへんから、設楽を呼ぶ声がした。

「…ちゃん、たいちゃーん!」
「ハ…(なにこのエンジェルヴォイスオレ知らんうちに召さ)」
「なに今日一人なんか?一緒にご飯食べんか?」

そこは旨い台湾料理を出す店。店先に置かれた屋台風の設えに、一人のコワモテ男性と座っているのはまさしく「設楽の心のピーーー」佐久間鬼丸。

「あんたあの税理士さんとこにいるんだってな。俺はウミノ湯の主人よ」
「…銭湯でマスターとの画像交換を喜多村さんにチクった番台の…」
「(長いな)だって怪しかったんだもん」

ご注文ご一緒でいいですか?店長の揚がオーダーを取りにやってきた。設楽は本日のランチと中ジョッキを注文、二人の向かいに腰掛けた。羽海野はすかさず店長に小声で「大ジョッキで」と訂正した。

今日は朝から喜多村が実家の法事等(どこもかしこも)で不在。佐久間は設楽と同じく、買い物に来たついでに昼食をと、ここに寄ったという。ニコニコと設楽のジョッキに焼酎の瓶を傾けてくる。あまだ半分以上入って…ああ…「カクテルザオニマル」にされちゃった。しかしながらこれが頂けるということは、佐久間の機嫌がとてもいいということだ(マスター岸志田談)。

意外といける「カクテルザオニマル」を呑みながら、当たり障りのない話から、最近の仕事のことをつらつらと。設楽が佐久間とこんなふうに話ができるようになったのは最近になってからだ。羽海野は時折ツッコミを入れつつも、静かに二人の話に耳を傾けている。
タンツー麺、ルーロー飯、青菜炒め。ランチと言ってもけっこうなボリューム…と思ったら全部羽海野の奢りということになったらしく大盛り。取り分け用の小皿も一緒に運ばれてきた。

「なんかすいませんえっと…羽海野さ…」
「…たいちゃん、マミたまだよマミたま」
「あそっか。ありがとう、マミたま」
「誰がマミたまだ」

佐久間はここのルーロー飯が好きらしく、甘辛く煮込んだ肉を少しずつ味わいながら焼酎との融合を楽しんでいる。その食べ方な、食べ方。設楽は徐々に回ってきた酒の力で、緊張がいい感じに解けてきている。つまりは心の声がダダ漏れになってきたのだ。

「佐久間さんは、食べ方がほんと綺麗で」
「?そうかな、気にしたことなかった」
「院長の関係者、みんな食べ方ちゃんとしてっからな」
「そんなの見てたんだマミたま」
「仕事柄な、目がいくんよ」

うん、みんな綺麗に食べるよな。伊達さんも、雲母さんもすごく。オレ、は自分じゃわかんない、な。

「たいちゃん、はさ」
「はぇ…」
「食べ方丁寧だけど、豪快」
「ククッ…ハハハッ…何だよそれ院長よお」
「なんか、ガッとしてバクッといくっていうか」

オノマトペかな?

「なんかわかるな。思い切りいいんだよな。一口の」
「あ、オレ一口がでかいっていう…」
「たいちゃんそうそう!それが言いたかったんだよ」

設楽くんと付き合うと、そうやってバックリ食われるんだぞ院長よ。なんだよマミたまが言うと信憑性がありすぎだよ。羽海野の意味深な言葉に佐久間が笑い出す。

「そうかもしれませんよオレ。佐久間さん」

口の端だけ上げて「笑う」。
以前、伊達がこの笑い方を褒めたのだ。いつ、どこでだったか。そう、褒めてくれて、抱き締めてくれたのはたしか明け方で。ベッドの中で、だった。

そんなことを急に思い出すなんて。


「…あんな顔しといて、今更なに赤くなってんだよ設楽くん」

羽海野が茶化しながら大ジョッキを追加。佐久間は少し焦ったような設楽を見つめながら、ジョッキ同士を合わせコツン、と音を立てる。

「伊達さんと付き合うと、皆カッコ良くなるって伝説あるんよ」

少しとろんとして見える佐久間の、静かに微笑む目元はおそらく、後輩である設楽を「大切に思う」優しさに溢れていて。
そうだろうか。自分じゃ気づかなかったけれど、オレはカッコ良くなっているんだろうか。この人の目から見ても。
伊達さんの目から、見ても。

「じゃ、こんど雲母さんにも聞いてみます」
「そうだね。ハルさん目が肥えてそうだしね」
「…あかんわ俺には「カッコ良くないです」って言ってる税理士さんしか見えてこないわー」
【【 ひどいなその設定 】】

お世辞でも、もちろんそうじゃなくても。自分がちょっとだけでも伸び代増えてるってこと、確認させてもらえたような気がする。設楽は佐久間の焼酎を再びジョッキで受けながら、お互いの携帯の着信の点滅に気づき、嬉しそうに佐久間にも教えるのだった。



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