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smashing! オレらのだいじなあるじさま

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。そして最近、伊達の後輩で彼氏、設楽泰司も二人と一緒に暮らし始めた。

明日から連休、ていうかもう今日。午前1時を過ぎたあたりで、設楽は雲母のペントハウスに帰っていた。先程までウミノ湯主人・羽海野真弓と、設楽大好物の佐久間鬼丸と一緒に呑んでいたのだ。最初は台湾料理店で、そのあとウミノ湯食堂に移動して。出かけたのは昼前だったが、戻ってきたのはこんな時間。満喫するにも程がある。結局食料品の買い出しも十分ではなかったので、明日ていうか今日、起きたらまた出かけようそうしよう。

なんか音、流れてるといいな。ざっとシャワーだけ浴びてリビングに戻った設楽は、リビングにあるスピーカーでラジオをつける。信じられないくらい透明感のある美しい音質。ラジオなのにこのスピーカーて一体。
設楽はソファーに寝転び大きく伸びをする。ああこのまま眠ったら気持ちいいだろうな。

玄関からガタガタと音がした。どっちかが帰ってきたのだろう、設楽が向かうとそこには、雨に降られたらしい伊達の姿。

「あれ?ごめ、起こしちゃったんな」
「今日、泊まりじゃなくて?」
「ん何かね、電車ギリ乗れそうだったから」

伊達は傘を持ちたがらず、よく急な雨に降られてはずぶ濡れで帰ってくる。どうやら今日はにわか雨だったらしくそんなには濡れていない。今日は自分がいてよかった。設楽は伊達の少ない荷物を受け取り、指先でつと伊達の頬に触れる。そんなに冷えてはいない感覚に少しだけ安堵した。

あー電車ひさびさで大変だったんよ。伊達の実家のある西の街の話に、時折相槌を打ちながら、設楽はソファに腰掛けた伊達を後ろから抱きすくめた。電車独特の籠もった匂いと、しっとりと重い雨の香を纏った伊達の頸に、設楽は鼻先を押し当てるように顔を埋めた。

「どしたん」
「…ずっといなかったな、と思って」
「一昨日とかずっと一緒だったん」
「そのへんのことは忘れました」

一昨日、それまでは毎日伊達と雲母と三人で一緒にいた。殆ど抱き合ったりもしないのにとても充足してた。ただ毎日、皆で過ごして笑って、それでよかった。

「知っちゃうと、もう戻れないってあるんよね」
「…戻りたいですか?」
「んや。全然」

そもそも、戻す気なんてないし?伊達は身体の向きを変え、設楽の俯いた背中をゆるゆると摩る。伊達の胸元で大きな身体を丸め、設楽は珍しく愚図っているようにも見える。深夜のリビングに小さく流れるのは、設楽がつけていたラジオからの音だけ。

「設楽がちゃんとしてくれないと、俺風呂に入れんのよ」
「…オレちゃんとしてます」
「甘えんのは俺の特権なんよ?」

防音の窓の向こう、聞こえるはずのない雨音がずっと、設楽の胸に響く。ラジオから流れた懐かしい曲のサビ、伊達が微かな声を合わせる。あ、その曲知ってる伊達さん。起き上がった設楽の目元が軽く啄まれた。

「この曲かかる時、決まって彼氏とモメてたんよね」
「…どのあたりの?」
「そのへんのことは忘れましたん」
「まあ、オレらじゃなかったらいいです…」

どちらからともなく合わさった唇が、次第に深く探り合い始めるようになり、伊達に覆い被さる体勢になった設楽の胸元から、臍、足の付け根にゆっくりと滑っていく伊達の掌。設楽は次第に高揚していく意識の中で手の動きを追う。その時、不意に伊達が設楽の下からすり抜けソファーから立ち上がる。

「…スーツ皺んなるから、風呂入る」
「オレも行っていいです?」
「設楽いないと俺、風呂入れんって言った」
「…御意」

鼻歌混じりに風呂に向かいながら次々とスーツを脱ぎ捨てていく伊達。それを設楽はひとつひとつ拾い集め、まとめてラダーハンガーに掛けていく。あ、それパンイチのままでお願いします。設楽に止められた伊達はパンツを引っ張りながら少し不思議そうに立ち止まる。

「なんで?」
「それ、オレのお楽しみなんで」
「…ヒヒッ」

じゃあこれ “設楽が取れたら” 焼肉奢ってな!いきなり始まったパンツ取りクエスト。口の端だけ引き上げて笑う設楽。伊達などすかさず押し倒してやれば簡単に…と思いきや意外にすばしっこくて難航。なんでこんなツルッツル滑るんですかあんたは。キャーーチカン助けてえん!結局後ろから押さえ込んでスポーンとパンツ抜いて終了。

「勝った」
「ウヒ。設楽あ、聞いてなかった?」
「え何が?」
「 “設楽が取れたら” 焼肉奢ってな!そう言ったんよ俺」

ア。ちゃんと聞いてなかった方も仕掛けた方もどっちもどっちだけど、まいっか伊達さん。とりあえず風呂いきましょう風呂そんで…えっと…何だっけ何食うんだっけ。オレなにしてたんだっけ。するんだっけ。

「えちょ待って!風呂入るって言ったじゃん!」
「すみませんなんか…オレもう無理なんで」

んなんでえええええ!伊達の悲痛な叫びが途切れ途切れになった時。設楽は熱く霞んでく意識の中で思った。よかったここ防音仕様で。

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「ああでも、このアイスは旨いやあ」
「これ佐久間さんのセレクトなんで」

数発カチコミ終えたその後。伊達を背負って浴槽に放り込んで現場を綺麗に(ざっと)掃除終えて、また風呂戻って伊達さんを綺麗に洗ってそんで…。オレはあれか、江戸時代の三助さんか。
薄手のスウェット上下を着せた伊達をソファに座らせ、アイス手渡して、チューハイ缶数本並べて。ようやく設楽も伊達の側に座って休憩。

「お前さ今日、佐久間とマミたまと…飯食って酒呑んで?」
「そう。朝からさっきまで」
「えなにお前それ浮気なん?」
「全く問題ないです、佐久間さんはオレの聖域なんで」

無機質に流れるラジオ。そういやつけっぱなしだった。今時のを流すわけでもなく、どこかの誰かのリクエスト曲とやらが延々と流れてくる。こういうのが聴きたい。あれを流して欲しい。番組の中でちょっとずつ拾い上げられた希望のひとつひとつ。そうして声を上げないと、流れる曲を聴くことも叶わないんだって思ってた。だけど。
円盤を自分で手に入れればいいんだって、今更ながら気づくこともある。

「ね設楽、佐久間はお前の聖域っつったよね」
「はい」
「俺と、ハルちゃんは、どのあたりになんの?」

佐久間さんは聖域。
雲母さんは還る場所。
そんで伊達さんは、オレと雲母さんの「主君」です。

伊達の目が微笑むように細められ、設楽の膝を枕に横になった。設楽に触れるのはその温かな腕。

(…知ってるよ)

伊達の小さな呟きが設楽の耳に届く前に、伊達の頬を押し上げる勢いでそうなったエクスカリバーで、そのいい雰囲気が台無し、いや、さらにいい感じにと変貌していったのだった。





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