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ポートレート05 「うみのつき」

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「ほら鬼丸!クラゲくらい持てんと獣医なれんぞ!」
「そんなわけないがん兄さんのバカ!」
「鬼丸くんもうちょっと上!目瞑っとってもええから!」

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お盆も過ぎ佐久間の寺がようやく暇になった頃。佐久間達丸・鬼丸兄弟と彼らの幼馴染である真々部千秋は、運転免許を取ったばかりの真々部のワゴンで、南にある半島まで遊びに来ていた。
砂浜に敷かれたカラフルなレジャーシートの上で、真々部のスペシャルプロテインドリンク(?)を微妙な面持ちで飲みながら、達丸は浜に打ち上げられたクラゲを興味津々で眺めている弟の鬼丸に声を掛けた。

「鬼丸ー!なんか食えそうなん落ちとるかー?」
「クラゲこんな近くで見たの初めてだー!」

…あれは食えんからなあ。真々部と達丸は顔を合わせて笑う。

真々部と達丸は同じく高三。鬼丸は二人より7つ下だ。来年になったら真々部は一旦、進学のために地元を離れる。しばらくは三人で遊べないから。そう言って佐久間兄弟を海に誘った。小さな頃から一緒にいた友人同士も、時間と一緒にいろんな部分がすれ違っていく。成長するということは「ずれ」を体感するものでもある。
真々部はバックパックから可愛らしい防水インスタントカメラを取り出し、鬼丸に近づいていった。

「鬼丸くん、あんまり離れると達っちゃんが心配するで」
「ママちゃんこれ、水の中に戻したら膨らむかな」
「…多分なあ。え?鬼丸くんひょっとして触れないの?」

鬼丸はほとんどの動物が平気な質だが、初見しかも海の生き物はあまり得意ではない。寺では魚を捌けるしイカやタコも大丈夫なのだが。

「ちょっとだけ海に浸してやって、持ち上げたら膨らむかもね」
「じゃないとべろんってしたままだよね」
「そうだねえ…ちょっと試してみようか?」

二人の丁度真後ろになるレジャーシートの上、達丸は二人の様子を眺めながら笑いを堪えている。真々部が写真のきっかけを狙っているのがわかる。奴のシャッターチャンスはなかなか悪くない。
「達っちゃん、皆の写真を撮りたいんだ」その真々部の願いを「インスタントならいいよ」と受け入れた。フィルムに残すよりも希少でさらに思い出になるから。達丸はそういった意味でインスタントカメラが好きだった。

鬼丸は真々部に言われた通り、うっかり刺されたりしないよう一生懸命大きなクラゲを逆に持ち、海の中に進んでいく。丁度腰の位置あたりまで水に浸かりながら、クラゲをそっと水に入れ、そして持ち上げた。

「ママちゃん膨らんだ!どうかなこれ!」
「すげえ鬼丸くん!いいよいいよそのまま!今チェキとるよチェキ!」
「うっわけっこう重い!ごめん急いでママちゃん!」

パシィ パシィ…

「よりにもよってブサイクな顔撮ったみたいだなママは…」

一部始終を見ていた達丸はようやく立ち上がると、波打ち際の先、二人のいるところまで大股で進んでいった。

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「達っちゃんこのチェキちょうだい」
「…変なことに使うなよ?」

とろけそうに微笑む真々部。一方、ミッションコンプリートで嬉しそうな鬼丸の手には、クラゲだけを全面で撮った一枚だけが残った。





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