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smashing! やさしみのきみたち


税理士・雲母春己。29才。
雲母は独立事務所を持たず、各施設を共有できるコワーキングスペースで仕事をし、一段落したら少し離れた自宅へ帰る。自宅とオフィスを分けるのは面倒にも思えるが、オンオフをはっきりつけたいタイプの雲母にはなにかと都合がいい。

はいその件確かに承り。メールのやりとりも今日はこれにて終了。今日は思ったより早く片付いた。雲母は自宅に向かう途中の繁華街でふと、見慣れない店を見つけた。最近オープンしたのだろうか、バルっぽい外観なのにオープンキッチンに焼き鳥機。面白い。キレカワウマ大好き雲母のオシャレーダーが反応した。
すると店の向かい側、丁度空き地になっている場所に覚えのある姿。何かを探しているようだった。

「あれれ、知ってる顔ー」
「…あれ!ハルちゃん !?」

立っていたのは喜多村千弦。雲母の顧客になった佐久間イヌネコ病院の動物看護士。雲母の善き友人である。

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「ハルちゃんおごりで、ごはん、たべてくね、ハート、と…」
「(ハート…)千弦くん電話しないんだ?」
「ああ、ひょっとしたら手が離せないかもしれないし。鬼丸のペースで返事して欲しいから」

優しみ。この動物医療関係者達優しみ。今まで親しい友人を持つ機会のなかった自分にとって、佐久間と喜多村のほんわかした優しみ溢れるあの家はまさにパワースポット。内情は色々あっても、宅呑みしたり一緒にデイキャンプなんかに行くと、次の日は疲労気象病体調不良なんかが全回復。整う。潤う。二人の紹介者である元不動産会社営業マン結城卓とその恋人の小越優羽が加わるともう、そこは雲母にとってソーヘヴンリーワールドと化す。

「お酒千弦くんもど?せっかくだから付き合ってよっ」
「うわいいの !? ありがとーー何呑も?」

長身痩躯、黒髪を無造作に後ろに流し、切れ長の大きな目に長い睫毛。この喜多村という男はほぼ外見が自分と被っている。さっくりわけると自分がクールメガネとするならワイルドアイ。いや、ワイルド寄りのアイ。何故なら優しみだから。身長もスリーサイズも被っているため、二人で歩くとかなり目立つ。それでもどうしても違いを認めざるを得ない部分。僕はネコ、千弦くんはタチ。そして、僕たちは被りキャラには性的に相容れない。(おんなじかおだとなえる)

「で、何か探してたの?千弦くん」
「あ、さっきね。帰りに領域展開のイメトレしてたらペン飛んでっちゃって。暗いし見つからなくてさ」
「………ごめ、何のイメトレが何?」
「今度優羽と対戦するのに練習。あいつけっこう強いし!」

現役二十歳に謎のゲームで勝とうとか君の方がすげえなし。雲母は眼鏡ポジを直すと、ゲームの攻略を訥々と語り始める喜多村に相槌を打つ。もちろん内容は頭に入ってこない。
焼き鳥機が目立つところにあったように、この店は焼き鳥が自慢らしい。おすすめを頼んだだけでも大満足な内容。なんといってもメギモとさえずりが入っているなんてありえない。喜多村と一緒に一串ごとに歓声を上げ、更に大ジョッキも追加した。

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腹もくちくなり、焼酎割りやグラスワインに切り替えた頃。

「…でさ、鬼丸がそう言ってくれてさ」
「千弦くんはホントに鬼丸くんが大好きなんだな〜」
「ウン、大チュキ〜」
「イイな〜〜鬼丸くんのどこが一番チュキ〜?」

喜多村は少し考えて、普段の冷静さはどこへやら数秒間でフラッシュバック的百面相を披露し、ぼそりと呟いた。

「凄い、ところ」
「…凄い?え何、あっちが?」
「…ハルちゃん聞いて。ちゃんと聞いて」

鬼丸は自分に出来なかった、叶わなかった事をクリアした。そしてずっと戦い続けてる。自分を含め沢山のもの背負って。髪くしゃくしゃだけど、下駄だけど、無精髭だけど。あんなに優しくて、純粋で、素直で、でも誰よりも冷静で強い。それが鬼丸なんだ。喜多村は朗々と夢見るように、それでも落ち着いた静かな声で話した。

「鬼丸君は幸せだね。千弦くんが全身全霊でバックアップしてくれてる」
「鬼丸、幸せだと思ってくれてるかな」
「少なくとも僕はそう感じるよ。あんな警戒心ゼロでよく色々無事だったなあて思ったら、千弦くんがいてくれるからなんだよね」
「俺?」
「うん。護り丸投げで、君に任せてるよねあれ」

そっか。喜多村の目尻が嬉しそうに笑った。つられて雲母も笑う。カップルのもだもだ聞くなんて時間の無駄だなんて前は思ってたりしたけど、嘘で曇っていない心からの言葉をうっかり零してくれる事も、こうしてちゃんとある。
この二人、そしてあの可愛い二人も、他人の価値観に是非を問うことがない。だから、優しみ溢れ人を癒やせるのだ。

「…俺ら、ハルちゃんには言ってないけど」
「なにかにゃ?」
「ハルちゃんの一大事には、何があっても身体張るって決めてるんだ」
「…ンフフ…身体…」
「…ハルちゃん聞いて。ちゃんと聞いて」

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二人は結局閉店まで長っ尻で居座り、雲母は店員全てに大入り袋を渡し(持ってるんだ…)上機嫌で喜多村を途中まで送り、手を振って別れた。
帰り道、さっきまで居た店の前に微かに光る物。それは一本のペン。恐らく喜多村がナントカ展開の練習?で失くしてしまったものだろう。雲母は大事に鞄にしまう。今度会った時に渡そう。会う口実を取り付けてラッキーと思った。
こんなふうに、思わぬ拾い物。自分のことをそう思ってくれるだけでけっこうご機嫌に生きていけるものだ。たとえ今、大好物の白髪紳士が見つかってなくても、明日入力するデータの勘定が合わなくても、あの友人達が居たら自分はなんかもう全部大丈夫。に思える。

ありがとう、と呟いた。
言い忘れた、でもきっと絶対言わない。喜多村に対するそれは感謝だった。




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