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smashing! まろくおいしくあたたかく

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。

この二、三日で急に冷え込み始めた。佐久間は気温の変化にいまいち疎く、こんな時期でも平気で半袖と裸足で過ごし風邪をひいたりする。それをよく知る佐久間の兄・達丸が「あったか保温グッズ」を荷物に忍ばせてくれるようになると、ああ、冬も近いな。というように喜多村にとっての風物詩になりつつある。達丸は季節の食べ物や佐久間の好物、そして佐久間の友人たちに受け取って欲しい物を、一、二か月に一度「ふるさと便」と称して届けてくれるのだ。

夕診後。病院の裏手、野外駐車場という名の空き地。庭も兼ねたその場所で、喜多村は時折小さな焚き火をして何かしらを燃やしている。何かしらというのはほぼ旬の食べ物だ。ちょうど今回の「ふるさと便」に入っていたサツマイモや松茸(純国産)。そしてここの非常勤獣医師の伊達の所有する山で採れた栗やホンシメジなんかを、夕飯がてら持ち出したおにぎりと一緒にここで焼いて食っちまうかという流れに。もちろん芋焼酎(今日は侍士の門)のお湯割りも忘れずに。

喜多村の新兵器、煙の出にくいストーブ「缶」登場。中に網が装備されていて、燻製なんかも作れる優れもの。まあウチの庭にピッタリ♡喜多村は嬉しそうに火を入れる。周りに設えた簡素な折り畳みテーブルでわくわくしてるのは佐久間と愛犬リイコ。

「千弦、新しいその缶、すごくいいな!」
「だろ?煙出ないし。火焚くなら届けろってマミたま(消防団長)にも怒られないし」

リイコはサツマイモが好きだ。ホイルに包んで缶に放り込んでいたその香りがしてきたのか、そわそわと佐久間の膝に手を乗せたりしている。喜多村がトングで取り出した熱々のホイルの包みを、一生懸命佐久間が剥がそうと頑張っている。

「リイ、熱いからちょっと待っててな」
「…ンォ…?」

その時。リイコの目線が薄闇の中にロックオン、大好物のサツマイモから視線を外すほど何が彼を引きつけたのか。リードが外されているのをいいことにあらぬ方向に走り出す。すると病院の表玄関のあたりから小さな声とリイコの鼻を鳴らす音が聞こえる。

「…一瞬のことで…動けんかったわ。千弦、俺ちょっと見てくる」
「誰だろ?リイコ鼻鳴らしてるな…?」

佐久間が立ち上がったその時、建物の角からリイコと一緒にこちらに向かってきたのは、リイコのお気に入り・税理士の雲母春己だった。今日も凛々しい細身のスーツ姿、だが心なしか足元がふらついているように思える。

「ハルさん !?」
「どしたのハルちゃん!」
「ああ…鬼丸くん千弦くん、すみませんお邪魔します…」

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「ああいい焼き加減で美味しい…元はこんなに大きいんですね?傘が張りすぎずこんなにしなやかで新鮮で…」

めちゃ写真撮ってる。ハルちゃんが「松茸」手に解説してるといろんな想像が駆け巡るよな。思わず吹き出す佐久間。喜多村の呟きが心の琴線に触れてしまった雲母は、大きな松茸を前に悶絶している。イタタタタ僕腹筋が薄いんです勘弁して下さい待って。そんな雲母の足元では、サツマイモの入ったフードボウルを抱えたリイコが嬉しそうに陣取っている。

「今日ね僕、伊達さんのと似たバッグを持ってまして、伊達さんの方にどうやら朝、家の鍵を一式入れてしまったみたいで…」
「さっきちょっとふらついてたよね…ハルちゃん大丈夫なん?」
「あの方々には連絡したので、それならお仕事を早く片付けてしまわないと。と集中してたらついご飯食べるの忘れてしまって」

佐久間家では空腹がなによりの敵。大変だハルちゃんに沢山食べてもらわないと。喜多村は味噌の焼きおにぎりやホンシメジの炙ったのを黙々と雲母の前に並べていく。佐久間はお湯割りを。雲母は知っていた。佐久間家は出されたもの全部食べるのがルール。

「伊達さん遅くなるみたいだし、ハルちゃん泊まっていきなよ。あ、上に行ったらワインになるよ?鬼丸のお兄さんが送ってくれた生ハムあるんだ!」
「二次会はウチのリビングだね」
「そうそう!腹ごしらえしたらあとは呑みだね!明日休みだし!」

喜んで。雲母は嬉しそうに伊達と設楽にメッセージを打つ。明日になってもここにいますから、どうか急がないようゆっくりいらしてください。僕はここで美味しい松茸と生ハムを…と、ここまで打って送信する前に、着信音。設楽の電話からは、なにやら騒々しい気配。

『すいませんオレらもそっち向かい…待って伊達さん今手が離せない』
『俺も佐久間んちの飯食うううううう!……ツーツーツー…』

「…なんか切れた…じゃあまあ、あの二人も来るってことね」

いつのまにか雲母の膝を占拠していたリイコがフンッと鼻息。お前さハルちゃん独り占めしたいんだな?そうなんだな?喜多村の問いかけには答えず、目で佐久間にサツマイモのおかわりを要求している(ようにも思える)。喜多村に渡されたスープマグには栗とさつまいもの味噌汁。開ければ温かな湯気がたちこめ、雲母の眼鏡を真っ白に彩る。いつのまにかこんなに気温が低くなっていたんですね。焚き火缶からのわずかな煙が風のない夜空に昇っていく。

「さ、食べたら上行こか!俺まだ肉食べてないし」
「ここじゃネコ集まってきちゃうからね…あ、ハルさん先に上がってて。俺らもすぐ行くから」
「ンフフ。じゃあお言葉に甘えて…いきましょうかリイコくん」

これからもっともっと寒く、なるんでしょうね。
でも、ここはほんとうに暖かい。
僕たちの家と同じくらい、時にはそれ以上に。


病院の二階の佐久間家玄関へと先導するリイコの後に続きながら、伊達達へ送る画像を楽しそうに選ぶ雲母だった。


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