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smashing! ことばにしてほしいことば

大学付属動物病院獣医師・設楽泰司。週一で佐久間イヌネコ病院に出向している理学療法士・伊達雅宗は彼の先輩で恋人。伊達は佐久間の病院の経理担当である税理士・雲母春己とも恋人同士だ。

平日だが明日から急に代休になった、ていう。久しぶりに三人でゆっくりできますね!お二人を労いましょう、一人だけ休暇中だった雲母は大喜びで夕飯から呑み会まで全ての料理と酒を急拵えで支度。幸い食材は買い込んだばかりでなんでもある、伊達の好きな海鮮、設楽の好物の肉、全部載せで手巻き寿司に。マグロ、ヒラメ、牡丹海老、イカ刺しにコチュジャン、雲丹、イクラ、A5肉を贅沢に使ったユッケなんかも。

「ご飯は一升炊きましたのでお好きなだけ召し上がってくださいね」
「ハルちゃんの寿司飯美味しいからねえ、ちょっと甘めで♡」
「海苔もほんと美味いから楽しみです」

食べる呑む気満々で風呂も全ての寝支度も終え、三人はリビングに集合し、大型4Kテレビで配信鑑賞しながら手巻き寿司と酒を楽しむ会スタート。まずは腹ごしらえとばかりに見る見る無くなっていく寿司ネタとご飯。さすがですね、しかし僕の持ち駒はこれだけではありません。雲母がキッチンから運んできたのは山盛りサンドイッチ。ツナ、ハム、きゅうり、トマト等のスタンダード。炭水化物×炭水化物こそ食ですね御意。今回合わせた酒の中には少々度数の高いチャミなスルなんかもあり、酒の弱い伊達は既に赤ら顔、そんな弱くないはずの設楽は、数日前まで実家の田んぼの手伝いでハードスケジュールをこなしたためか、酒の回りがいつもより早い。そして酒宴メインシェフの雲母は。

「頂き物のお酒を味わいつつお料理してて…気持ちが良くなっちゃいまして♡」

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「だって言ったじゃないですかあ」
「ゆってない、てか覚えてないん」
「そんなわけないだってオレ聞きましたし」
「お二人ともほら、かわいい大型ワンちゃんが生肉をガン食いしておられますよアアなんて野生的ほらすごいですよ伊達さんお肉が牙に」

結果、全員泥酔。三人三様の諸事情で何を揉めているのかわからないが、どうやら設楽が伊達に詰め寄っている。いやいつものことだけどとにかく。オレ聞いたもん、口調が甘えたになっているところを見ると、相当酔っている。可愛い口調とかこんなの設楽じゃないん、設楽は伊達に抱きつきながら頬を擦り付けている。

「先週電話で、オレの事好きってゆった」
「先週?俺電話したっけ?設楽それ他の…」
「好きってゆったあ」

酔ってる奴いると途端酔いって冷めるよね、伊達はまさに大型犬みたいな設楽を力付くで宥めている。頼みの綱の雲母は、大好きな大型ワンちゃんの動画をノンブレスで解説。どこ見てるの?待って誰に話しかけてるの怖い。

先週まで実家に戻っていた設楽は、祖母から貰った大きなキュウリとナスを使って伊達の好きな煮物を作る、そうメッセージを伊達に打った。伊達は了解と嬉しいなの意味でハートのスタンプを返したのだ。その後設楽からすぐ着信があり、診察中で手が離せなかった伊達は、帰り際に設楽に電話を入れた。

「ごめんねえ手が離せなかったん」
「いえ、大丈夫です。これから戻るので煮物楽しみにしてて下さい」
ワンワワンワンンン!!!
「気をつけてねえ、あれ大好きなんよね」

丁度その時廊下にいた患畜の大型犬が、伊達を見つけ大きな声で吠えた。伊達は大型犬とじゃれながら答えたのだ。「あれ大好きなんよね」の一部分が設楽に通じなかった、と。そういやそんなことあったわロビンが鳴いちゃってたわ。伊達は目の前で珍しくグズる設楽に、ちょっとだけ「可愛い」と思ってしまった。それがなんか悔しいような可笑しいような。

「あーわかった、俺言ったよ思い出したん。設楽くん大好きよ?こんでい?」
「もっと言って」
「ウン、大好き」
「?あの、僕もお二人が大好きですが、一体何のお話ですか?ところでこのワンちゃんのですね」

マイペースな二人は大好き大好き言いながら、設楽は雲母にも「大好きって言って」と絡み始めている。これからもっと言葉にしてあげないと、かねえ。伊達の頬が優しく緩む。駄々っ子の様に雲母に抱きつく設楽を見て、伊達は少しだけ眠気を覚えながらもチューハイの缶に手を伸ばした。


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