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smashing! まわりみちこそ くるおしく

大学付属動物病院獣医師・設楽泰司。週一で佐久間イヌネコ病院に出向している理学療法士・伊達雅宗は彼の先輩。伊達と、その恋人である雲母春己と三人で、期間限定ではあるが同居している。


朝飯を食べてからの記憶がない。気がついたらオレは開け放した居間で仰向けになっていた。ああ、ちょっと横になってそのまま寝ちゃったか。今日は伊達さんも雲母さんも出てしまっててオレ一人。なんだかんだの代休ってそりゃ嬉しいけど、こうやってぽつんと一人きりになること多いよね。

テーブルの上はちゃんと片付けてあって、麦茶とお菓子は冷蔵庫です、なんて雲母さんのメモが。いやお母さんか。ものすごい達筆。伊達さんも達筆なのでオレの字ってのは見ててしょぼいなって思う。

冷たい麦茶となんたらブッセ(ふわふわでクリーム挟んであって旨い)食べて、家中の窓閉めて回って一旦外へ。このあいだ伊達さんが手に入れたジムニー借りてちょっと試運転。小回り利くし乗り心地最悪で最高。そんなこと言ってたな、成る程こりゃひどい。でも冒険心をくすぐる揺れ具合でもある。

いたどりショッピングモールでちょこっと物色。持ってきてたオレのパジャマは伊達さんに取られちゃったから新しいの買わないと。あの人、気に入ると自分が着ちゃうからなあ。雲母さんがステテコ各種を揃えてくれたけど、パジャマには不向きかなオレには。何でかって、薄手過ぎてちんこの形状丸わかりだからね。あと新しいパンツとタンクトップと。この店、街中より圧倒的に安いうえに品揃えが充実している。ブランドのもちゃんとある。成る程、雲母さんがハマるわけだ。

食料品売り場でちょっと肉も仕入れて。あの家の冷蔵庫には肉が全然入ってない。あれは外で食べた方がうまいんよね。伊達さんはそう言うけど、せめて挽肉くらいは入れさせてもらおう。カート持って進んでいくと、なんと稀少燻製肉発見伝。スモーク…美味いからなあ。勿論それもカゴ入れて。これはあの二人も大好きなやつ。

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伊達さん家に戻ったのは昼過ぎ。ちょっと腹も減ったから何か作ろう。車庫にジムニー停めて玄関の戸を引くと、鍵が開いてる。やべ掛け忘れたオレ?そしたら玄関には伊達さんの靴が。家の中がなんか良い匂い。台所に行くと伊達さんが立ってた。

「ああ設楽、俺さ今日午後から非番なんよ!」
「何だろ、なんかの代休?」
「こないだ教授の夜勤交代したったんよ、そんでかな」
「成る程」

冷蔵庫に買ってきた肉とか仕舞って伊達さんの側に。シンク台にはご飯の入った丼がふたつ。お前帰ってくるだろうから作っとこう思って。手際よく盛られたのは親子丼かな。あ三つ葉あったんだ。卵のトロっと具合が良い感じ。麦茶と丼を居間に運んで、伊達さんと一緒に食べる。誰かが作ってくれた熱々のご飯は何より旨い。食べてる最中なのに、伊達さんはオレの買い物袋物色してるし。あ、これいいなあ俺も欲しい。いいですよ持ってって。ほぼ相槌みたいに交渉が成立してく。まあそれ見越して何でも多めに買ってるんだけどね。そんな中。

「そういや0.01のも切れてたなあ…」

何だと?確かに小耳に挟んだぞ。飯食いながらなんつー独り言を言ってのけるんだ。この人の怖いのはこういうの、ほぼ無意識てとこ。食べ終わった食器片そうと席を立つと、あ何か甘いのあったら欲しー。上目遣いで強請ってくるその表情は、オレには反則ってやつなのに。とりあえず食器持って台所行ってザッと洗って拭いて片付けて。棚にまだあったブッセ持って戻ると、テーブルに上半身投げ出した感じでこっち見てる。

「…0.02なら、たしか少し」

手を伸ばせば届く距離、さっさと押し倒して抱くなんてのは簡単。でも俺はなによりも、このまどろっこしい覚束なさに酔う。
細められる目尻。そんで少しだけ、その唇が開いて。
声もなくオレを呼ぶのが。


このもどかしい面倒臭さが、たまらなく、甘い。





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