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おいてきぼりをだきしめて・4(了)

あの時残された心の軋みは、今となってはもう上手く思い出せない。その後追い縋ることをしなかったのは、見郷のほんの少しのプライドと、何より白河の更なる拒絶を避けたためだ。もちろん嫌われたくはなかった。でも嫌われたのだろうと思った。

「別に一番じゃなくても俺は」
「事情を知ると気を遣うだろう。そんなのはお前らしくない。それに…」
「それに?」
「…とにかく、あの時はあれでよかったんだ」

物静かで鷹揚に見える白河は、見郷の奔放さとは真逆なようだが、その実こうと決めるとテコでも動かない厄介な性格。弁護士という職業にはおそらく合ってはいる、だがことプライベートとなると別の意味での我儘、いわばただの頑固になってしまう。「恋人」であった見郷はそのことをよく知っていて、インとアウトの境界線に踏み込まないよう注意を払っていたが、もともとが気ままに振る舞う気質。見郷は自分を真っ直ぐに捉えて話す白河の眼差しに、当時を懐かしく思い出していた。

「夏己は今一人なのか」
「最近、お試しで付き合い始めた子がいてな」
「お た め し」
「熱意に押された、というか、身内絡みというか」
「あそれ、オレの兄です」

お試しに付き合うて何お前らしからぬそのライト感覚、サラッと言ってのける白河に震撼、そしていつのまにか側に立っていた設楽に驚愕する見郷。おい今の今まで誰もいなかっただろここ、シガラキくんはこういう子なんだ、白河の目元が笑っている。するとそれまで黙って話を聞いていた雲母が静かに口を開いた。

「…先生は」
「どうしたハル?」
「ずっと僕を護って下さっていたんですね」
「当然だ。しかしな、こうなったのはお前のせいなんかじゃない」

護るべきものを己の全力で護る。自らの職業を選んだように。そんな白河が自分との別離を決めた背景には、親友の死以外におそらく他の理由がある。白河の話し方の独特の癖で見郷は矛盾に気付いていた。ただその理由が明かされることはないのだろう。こういう奴だからこそ、自分は惹かれたのだ。遠い昔、高校生だった見郷の家庭教師が風邪で休み、たまたまその代理でやってきたのは大学生の白河。あの頃と何も変わらずスーツの似合う綺麗なお兄さんのまま、白河はここにいる。

ハルち元気ない…と思ったら何してんのおおおお!雲母の手元にはボイスレコーダーの他に怪しげなリモコンも。隣で彼を気遣っていた伊達は驚愕。だってこんなハンリュー的流れはめったにお目にかかれないじゃないですか♡趣味が高じてもはやプロ並みな機材の揃った雲母の盗撮コレクターの腕は(?)はこうして培われるのだ。さあ夕飯は鍋にしますか寿司にしますか、俺ウニがいいい!僕はローストビーフが。キッチンに向かう設楽を伊達と雲母がキャッキャと追いかけていく。リビングに残された大人二人は顔を見合わせ苦笑した。

「見郷のほうこそ恋人はいるのか?」
「パートナーいるぞほら同級生だったあれ。めったなことじゃ怒らないけどな、浮気すると多分 される」
「ウチに来といて大丈夫なのか」
「平気だ。だってお前にもいるんだろ、お試しくんが」
「…ハハッ」

二人を抱きしめるような穏やかな空気は、あの時ドアの向こうに置いてきた寂しさではなく、軽やかで甘い、だが決して甘すぎないものだった。




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