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smashing! きみにめしとられしおれ

佐久間イヌネコ病院。佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士の先輩で、週一で勤務している理学療法士・伊達雅宗は、税理士・雲母春己と付き合っている。

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ハルちゃんと一緒にご飯作ったりするようになって少し経つ。ハルちゃんはとても飲み込みが早く、一度作って見せたレシピは完璧に覚えてしまう。俺が忙しかったりおつまみが足りないときなんか、ぱぱっと作ってくれたり。こないだは佐久間ん家でハルちゃんがゴーヤチャンプルーを作ってた。前に俺と一緒につくったやつね。千弦がびっくりしてた。美味しいってのもあったらしいけど、あいつは言ったんだ。

「すごい!雅宗先輩のと味同じ!」

ハルちゃんは何でもできるし、なんでも叶えられる地頭の良さも持ってる。今まで料理をしなかったのは「一人だと効率がよくないので」とか言ってたけど、多分、心の中の、まだ俺にも見えてこない部分。以前、ハルちゃんと長い付き合いの結城卓くんが言ってたんだ。そこが何か壊れてるのかもしれないって。セージョーイが苦手。マニュアル的にこなす調理。そんなところも。確かめようのない部分の傷。人ってそんなの、自分じゃ気付けないから。

それでもあの覚えの速さと正確さで、そのうち俺の持ちネタ全部ハルちゃんにコピーされちゃうね。そう言うとちょっとだけ淋しそうに、そうですね。そう言って笑ってたんだ。

ハルちゃんは今俺の家に居てくれてる。今週いっぱいは帰ったらハルちゃんが待ってる毎日。リア充リア充リア充ゥゥゥゥ。いやなんだろ至福?鼻の下が伸びててみっともないって設楽に笑われるし。でも俺はそんなの気にしない。だってこの数日は、ハルちゃんがご飯も弁当も作ってくれるから。

バッグから出したなんか重厚なランチトート。きっちりとナプキンで覆われたお弁当。すごい四分割。寸分の狂いもない。結び目解いて、曲げわっぱの蓋を開ける。

卵焼き、豚肉と茄子の味噌炒め、やわらか肉団子、炒めるとバラバラなっちゃうちょっと高いソーセージ(俺が好きなやつ)うずらの卵と黄色いプチトマト、竹輪開いてチーズと青紫蘇ときゅうり巻いたキャンちく。胡麻と青菜の混ぜご飯。

カシャーカシャーカシャーカシャー(バースト)

そして海苔で何かフェイスが作ってあるよ。右目と左目が色違う。コレまさしく俺ですねわぁいまさむねくんアバター。
…おわかりいただけただろうか。俺はもうこの時点で萌え死んでいる。床に突っ伏している。人に見られると恥ずかちいのでちょっと離れた休憩室でよかった。誰もいないかわりに大きな窓から見える緑が綺麗で、まるで俺ん家でハルちゃんのご飯食べる感じ。
いただきます。美味しいなあ。そして食べ進めるうちに気付く。以前俺が言った言葉を、ハルちゃんは最近実行してくれている。

「俺、ハルちゃんの味もちょっと入れてほしい」
「僕の?でもお料理は…」
「ううん、そんなすごいんじゃなくて、何かこだわりの味ていうか。ハルちゃんの見つけた味、俺にも食べさせてほしいん」

それからハルちゃんの「オリジナル」が入るようになったんだ。最初は梅を潰したやつに炒ったシラスとおかかが混ざってた。ほんの少しおにぎりに入れてくれた。その時は頭の天辺から足の先まで、電気が走った気がしたんだ。あ、酸っぱかったわけじゃなくて。感動したの。

本当は不器用。本質は怖がり。そんなハルちゃんにも、俺は会いたいんだ。

さあ今日はなんだろう。実はさっきから微かに漂ってくる不穏な香り。俺の脳が必死に否定している、ちがう。ハルちゃんのおかずはこんな匂いしない。これはあれだ、きっといい匂いなのに俺の臭覚細胞がバカんなってるんだ。いっこいっこ味を確かめていく。これ、美味しい、これは拙者の味でござるな。しからば、どのへんから?

卵焼き。の群れに隠された一片。なんでイチゴの香り?そのラスボスを震える箸で摘まみ上げ、一気に口に入れる。

……あれ?…なにこれ、けっこういけるんだけど。

入っていたのは、ピンクのチョコ入り、甘い卵焼き。
ないと思うよね。美味しいわけないって。それがさ絶妙な量で混ざってて。桜でんぶのはいったやつみたいに、優しい甘い味なんだ。

ハルちゃんの美味しい味、また一つ発見した。なるほど、これはやったことないわ。俺はばあちゃんっ子だったから、どっちかというと正当派のやり方ばかりだった。ハルちゃんはきっと、もしかして一人っ子、鍵っ子だったのかもしれない。その世界で見つけた美味しいもの、思い出したり工夫したりして、俺に届けてくれてる。

全部たいらげて、ごちそうさま。給湯室で弁当箱洗おうとしたら下になにか貼ってある。何これ?ふせん?そこにはメガネのイラストに、ハルちゃんの達筆な文字。

「僕のスイーツ、お気に召しましたか?」

召すとも。お気に召すどころか…どうしよう俺このまま帰りたい。いっそハルちゃんに召し捕られたい、十手突き付けられて御用だ!てされたいん。アレ…意味合い違ってきたな。まだまだお昼過ぎたばかりだから、夕方早上がりの時間まで、今までに無く脇目も振らず働こう。終わったら秒で着替えて秒で帰ろう。そんで速攻家に帰って言うんだ。

「ハルちゃん!俺のことお縄にしてえ!!」

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玄関先でいきなり僕に抱きついて離れない伊達さんが開口一番放った言葉に、僕は微笑みながら思った。

伊達さん、全くあなたの仰ることは…僕にとっては、遊び人金さんが奉行所で遠山左衛門尉に化けるくらいのインパクトですよ?(全く事情が飲み込めない)

僕のことをすっごく好きでいてくれてるのは、重々承知ですけどね。





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