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smashing! のまれないおれたち

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。休み明けの月曜日。

佐久間が買い物から戻ると、喜多村は一番大きなローソファーで爆睡していた。今日はかなり忙しく、日中喜多村も薬品が足らなくなったりあちこちに奔走し、夕診を終えてから佐久間が急ぎ不足分の買い物に。喜多村は軽く夕食の支度を終え、佐久間を待っている間に寝落ちてしまったらしい。

喜多村は一度寝付くとなかなか起きない。好物の肉を焼く匂いなんかで目を覚ましたりすることもあるが、今日は全くその気配はなかった。テーブルの上に用意されていたのは、冷めても美味しく食べられるように今日はタコライス。温かいご飯に具とレタス、喜多村特製サルサソースを掛け、佐久間は食べ始めた。ものすごく美味しいものでも、こうやって一人でだと味気ないな。喜多村の鼻がプスープスー鳴ってる。犬みたいだな。

大きな身体を折りたたんでひたすら眠る喜多村。いつも自分に触れる長い腕は力なく投げ出されて。こうして眠っていると本当に綺麗だな、いつも思う。起きていてももちろん美しいけど。こういう姿も嫌いじゃない。2cmあんの的な睫毛が影を落とす。艶のある黒髪は、まるで黒く大きな翼のよう。

ぼんやりと寝顔を眺めながら食事を終え、食器を片そうと立ち上がった先に、二人の先輩・伊達雅宗がいつの間にかカウンターに座っていた。のんびり頬杖をつきこっちを眺めている。佐久間は声も出ないほどに驚き食器を取り落としそうになった。

「せっ…!!せ…せ…」
「…なに?セッ?やだあ佐久間のえっちぃ」
「…先輩、いつからいたの…」
「お前がタコライス食ってるへん。ちゃんとワンノックしたよ?」

今日はねーたこわさの美味しいの持ってきたん。呑気に鼻歌を歌いながら伊達はリビングのソファーに座る。保冷袋を佐久間に手渡し、あ俺炭酸割りがいい。佐久間が溜息で返事をしながら、たこわさ盛り、いいちこと炭酸水を手に戻ってきた。

「先輩、ご飯は?」
「俺さっきハルちゃんと食ってきたの。今日はねハルちゃん忙しい日なんよ」
「そうなんだ、あ、あれならここ居てもいいよ?」
「えいいの?」

千弦寝ちゃってるから俺しか話し相手いないけど。佐久間が笑いながら伊達に炭酸割りを差し出した。

「あのさ俺この……が見たいんだけどいい?」
「いいですよ。俺も観たかったやつなんで(先輩も千弦もほんとステイサム推しな)」

佐久間の横座るー。そう言って伊達は嬉しそうに佐久間の隣に陣取った。いつも思うけどこの人のパーソナルスペース狭。くっついてる。ていうか乗ってね?いや乗ってない乗ってない。二人して騒いでたら喜多村が身じろいだ。

「あ、起きるか?起きるか?」
「…いや、これは起きないやつ」
「すげえわかんの佐久間?」
「いいかげん慣れた」

喜多村は軽い寝返りを打っただけだった。寝息が大きく聞こえる。これが鼾になってしまうとお疲れのサインなのだが、そんなに深刻ではないらしい。二人はカーアクションが圧巻なその映画を、真剣に見始める。暫くして。

「…ね、佐久間、さ」
「…………え?ごめん何だった?」
「ちゅーしてい?」

あ、この流れ知ってるやつ。

遅かった。手酌でぐいぐい呑んでいた伊達は、映画に夢中でついピッチが早くなり、炭酸割りでキャパオーバーになっていた。しまった目離した隙に。伊達の酒癖はスキンシップ。しかも濃厚タイプ。

「…ん、いいよ。もう千弦には暴露されてるし」
「ウヒ…佐久間ぁこないだの凄いやつしてえ」
「…あれは駄目」
「んなんでえ」

あのキスは、腹いせで先輩にあたったようなもんだ。気は済んだけど気持ちは晴れなかった。気持ちい方が、俺も嬉しいから。

そう言って佐久間は背もたれに身体を預け目を閉じる。伊達はそっと佐久間の目元や頬を啄みながら、柔らかく吸い付くように、佐久間の唇に辿り着く。軽く音を立てながら重ねられ、次第に抱き締める腕に力が籠もる。
よく分かんないけど、伊達先輩って上手いんだろなって思う。地面から浮き上がるみたいにふわふわして、次の瞬間いきなり引きずり下ろされるみたいになるんだ。何度も何度も。
徐々に伊達の身体が脱力する。あ、落ちたな。佐久間はくったりとした伊達をソファーに寝かせてやると、恐る恐る喜多村の様子を伺う。案の定、目を見開いたまま横たわる魔神。怖。

「…千弦、起きてたんか」
「うん、ちゃんと見たかったし」
「…ステイサムが?」
「ちゃうわ。お前らのそれ…」

起き上がった喜多村に突然腕を引かれ、佐久間は喜多村の膝に乗せられた。喜多村が間髪入れず塞いだ唇からは、酒の甘い匂いがした。

「…よし、消毒終わり」
「さっきから腹鳴ってるけど千弦」
「あ、ほんと。すげえ腹減った」

タコライス持ってくるよ。佐久間が笑いながらキッチンに向かった。佐久間の姿が見えなくなったのを確認すると、喜多村は横たわった伊達に乗り上げ、深く唇を合わせた。

ほんの数秒。ほんの一回。

絡み合うように交差したのは視線だけ。互いの癖を知り尽くしている二人は、抱き合うことも後追いもしなかった。

「…ステイサム観よ、ちぃたん」
「え今やってんの?観る観る…て誰がちぃたんだ」

おまたせー。キッチンから佐久間が戻ってくる。追加の酒とつまみとタコライス持って。努めて明るく、それでも少しだけ心はビターに。泡と消える炭酸にアルコール。蒸発させて中で溺れられたら。

それでいい。





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