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smashing! さみしいのとっこうやく

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。

佐久間イヌネコ病院にも様々な患畜がやってくる。ハムスターやフェネックなどから地方アンテナショップ看板娘のロバまで。その中でも一際人懐こく穏やかなのに、病院に一歩入った瞬間に豹変する彼。それはプードルの中でも飛び抜けて大きな種類、スタンダードプードルの龍馬。

「…あ鬼丸、さっきさ龍馬来るって電話あったわ」
「おし…バリケード作っとくか…」

佐久間と喜多村の間に少しだけ走る緊張感。スタンダードプードルの龍馬は、普段は心優しくフレンドリーな大型犬だが、とにかく臆病かつ繊細。待合室には入れないほど他の患畜を怖がる。なんかボク全部怖いんですご主人様。怖さが頂点に達するとパニックで何かに激突する。で、柔らかバリケード設置(マットレス)が必須なのだ。

「こんちわ…」

バリケード設置開始早々、受付に蚊の鳴くような小さな声。龍馬を連れてきたのはウミノ湯主人・羽海野真弓。藍色の鯉口シャツにダボパンツ。黒髪をオールバックに撫で付けた今日もいかつい二枚目は、落ち着きのない巨大プードルに繋いだぶっといリードを全力で固定している。

「あ、おつかれっすマミたま。龍馬預かろっか」
「誰がマミた………うん、すまんな喜多村くん。頼むわ」
「予防注射…じゃないよな。なんだろ、ひょっとして腹?」
「…なんかご飯を食べないんだよな」

今日は運の良いことに待合室には誰もいない。お陰でまだ理性を保っている龍馬を喜多村が診察台に乗せ、早々に佐久間と触診を始める。体重も減ってない、目も口もキレイ、以前あった脱毛のハゲもほぼ完治。くまなく腹部等触ってもこれといった異常もない。あとは血液検査、尿検査。これで何かひっかかったらレントゲンかエコーかな。しばらくの検査待ちの間、待合室の片隅に小さくなって待機するコワモテと、その足の間に頭を突っ込んだ巨大プードル。

「なんか…かわいそうになってくるな」
「千弦、顔笑ってる。じゃあ、助っ人呼ぶか」

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「おはよーーーー!!お昼ご飯なに-?」

およそ15分後。おそらく昼ご飯の誘いに釣られ、元気に待合室に現れたのは男の娘・結城卓。ふわふわ栗色マッシュにオーバーサイズパーカー、バルーンパンツ。結城が入ってきた途端、今まで羽海野の足の間で震え上がっていた巨大プードルは周囲の柔らかバリケードをなぎ倒し、結城(大好物)に突進していった。立ち上がるとほぼ大きさおんなじ、かもしれない。喜多村がここにくる以前、結城が時折レジ等のバイトに入ってくれていた時、どうやら龍馬はこの魔性の男の娘に一目惚れしたらしいのだ。

「…マミたまどしたの龍馬?爪切り?」
「あ、飯を残すのよ。珍しくてな」
「ふうん」

龍馬のキモチイ所を知り尽くしているかのような撫で擦り方。大暴れだった龍馬は段々と大人しくなり、最終的には床にデロデロで横たわっていた。ヒトも動物もこの手管にやられるんだよな?すかさず飛んできた蹴りを羽海野は笑いながら片手で受けとめた。

「ギャーー離して!パンツ見える!」
「見えねえってのそんなモンペみたいなので。てか龍馬よ、お前ほんとに何でもないんか?」

結城にしなだれかかってうっとりと鼻を鳴らす龍馬。その大きな垂れ耳の根元がいきなり浮き上がり、機敏な仕草で診察室のドアを振り返った。

「あ、これさ新製品のフード。龍馬食べて見…って!え!ちょっ!…」

龍馬はバリケードよろしく、フードボウルを持った佐久間をなぎ倒す勢いで襲いかかった。佐久間は自分が倒れてもフードボウルは死守。そして龍馬はあっという間にフードを完食。

「…何。全然食うじゃんかお前ぇ」
「なんかさあマミたま、最近忙しかったんじゃない?」
「そういえば確かに…今度岩盤浴も入れようと思っててな…」

おーい龍馬の検査オールクリアだったぞ!診察室の奥から喜多村の明るい声。佐久間がほ、と息をつく。ギャーよかったじゃんリョーマ!結城の過剰サービスハグ&チューで龍馬はもはや喜びでいっぱいいっぱいになってしまっている(嬉ション数分前状態)。

「淋しい、を放っとくとけっこう深刻になるから…」

バリケードとフードボウルを片付けながら、佐久間が羽海野にしか聞こえないように小さな声で呟く。結城から離れようとしない龍馬を引っ張り上げながら、羽海野は照れ笑いで返した。うん、なるほどな。でも俺は、龍馬じゃないから全然。そうやって生きてる、生きていられる。

「ありがとな、院長」

マミたまーあとでウミノ湯行ってもいい?喜多村が領収書と試食のフードを手にレジに立つ。いいよ、奢ったる。二人が話し込もうとしていたまさにその時。

「…ねえ鬼丸…なんかあったかいんだけど足とおなか…ギャーーー!!龍馬が!龍馬があああ!」

そこには。散歩の時まで我慢するはずだった龍馬のボーコーが、激ウマフード&いきなり降って湧いた大好きな結城との官能的な時間に誤作動を起こし。

半日分の嬉ションを結城に盛大に捧げてしまったのだった。





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