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smashing! せんせいとSSRと
「いかんて!それ見てまったら
俺死んでまうでかんて!」
佐久間が謎の方言に支配されている。
「もいいから行きなよ千弦!
間に合わなくなるよ?」
「うん…じゃ鬼丸のこと頼むなー」
「おっけえー」
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「出てっちゃったじゃん千弦かわいそ。最後まで子犬みたいな目してたのに。めちゃ格好良かったし」
「俺は騙されないまだいるんだろそのへんに」
結城は自分の携帯を佐久間に向ける
「ぐあ!!」
「破壊力わらw」
今日、喜多村は父の付き添いで親戚の慶事へと出掛けた。何年ぶりか分からない、などと言ってスーツを用意するにあたり、喜多村のスリーサイズがほぼあの変態税理士・雲母春己と合致したため、急遽雲母に借りることにしたのだった。「SSR・ディレクターズスーツ姿の喜多村・旬」の攻撃力たるや佐久間にとってはオーラス級。対する「N・ヨレ白衣下駄履きのうすらヒゲ佐久間」には防ぐ手立てがない。要するに「こんなん初めて」。
「これ、鬼丸のにも送っといたからー
アッハハー!じゃあ俺優羽と
出掛けるからンフッじゃあねー」
顔を上げたときには結城はすでにいなくなっていた。おのれ卓め優羽めちっちゃいものクラブめ裏切り者。
手元の携帯をおそるおそるタップする。いきなり待ち受けにされていたのは喜多村のスーツ姿。ぎゃあああああ目がぁ!目がぁ!直視できずに佐久間は転がり回った。もちろん目がどうのではない。正視した途端なくてはならない物まで蒸発しそうだからだ。
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どのくらい床に転がっていたのか、忍び寄る寒さに身の危険を感じた佐久間はようやく起き上がった。なにか食べたらなけなしのHPも回復するかも知れない。
「あ、リイコご飯…
て、あの子も連れてったんだっけ」
喜多村の父・千月は息子の千弦もその愛犬リイコも超溺愛していて、今回のように泊まりになりそうな時は強制的に招集を掛けられる。
佐久間は実に久しぶりに「一人きり」になったのだった。
とりあえず何か腹に入れようとキッチンに向かった。冷蔵庫にも食料庫にも食材は豊富にある。チンするだけのおかず冷凍ストックもある。なのに食べたいものが浮かばない。
そういえば喜多村と暮らす前、食事はほとんど「義務」として摂っていたことを思い出す。下ごしらえや調理は一通りするが、食事に直結する何かが、いつも佐久間には欠けていた。恐らくそれは「食欲」。誰かと一緒に食べるご飯が美味しいのは、自然と「食べたい」という欲が湧くからだ。
一旦冷蔵庫を閉め、佐久間は溜息をついてリビングに戻る。テーブルに伏せたままの携帯をそっ…………と表向け…っっっっっ薄目でこの破壊力か変態魔神。それでも何度か盗み見するうちに、なんだか慣れてきた気がする。スーツ部分は変態税理士だと思えば怖くない。あとは下の方を手で隠してフェイスだけ見る。いつもより整ったヘアスタイルがなかなか強敵ではあったが、なんとか直視できるまでになった。あとは…合体(?)。SSRの全容を把握できればほぼ俺の勝ちだ。
「………ど?慣れた?」
「!!!!!」
突然掛けられた声。心底驚き顔を上げれば、そこには先ほど帰ったはずの結城卓がニヤニヤ笑いを浮かべて立っていた。
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「来てたんなら言って…いろいろもたない…」
「だって面白かったんだもん。
あ、さっき仕事場に送ってったの優羽。
ちょっと遠かったんだよね今日」
悔しいが結城が居るだけで場が明るくなる。いつもより大人しい、テンポの悪い佐久間の様子に結城がふと訊いた。
「鬼丸お昼たべた?」
「あ、いや、まだ」
「え!!千弦出掛けたの朝じゃん!って
昨日の夜から何も食べてないってこと?
お医者さんのくせにバカなの !?」
俺獣医なんだけど…とはツッコめないほど今日の結城はちょっと怖い。佐久間はしょんぼりと項垂れるしかなかった。
「キッチン借りてい?俺ご飯作ってくるから
全部食えよわかったな鬼丸!」
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暫くしてキッチンから結城が現れた。手にはいろいろな料理が盛られた大皿が二つ。なんかトルコライスみたいになってる。よく見れば覚えのあるものばかり。
「これ、全部食べてね。あ、俺も一緒に
食べてい?」
結城が作ってきた、いや温め直したもの。けれどそれは佐久間の作った料理ではなかった。大抵、人は自作料理のストックは忘れていることが多い。ここにあるのは、喜多村の。覚えがあって当然だった。
喜多村が日々自分の為に作ってくれている料理。
「袋にちづるって書いてあったやつ、
全部あっためてきた!」
結城が箸で取り分けて佐久間の口に運ぶ。あーん。言われるがまま佐久間はそれを受け入れた。すこし柔らかくなっているけど、ズッキーニだ。俺の好きな辛味噌炒め。ゆっくりと噛んで、味わって、飲み込む。
炭酸水を口にした時のような、身体の中を細かな泡が通り抜けてく感覚。忘れていた空腹感が、佐久間の中でようやく目を覚ました。
思い出したように食べ始めた佐久間を、結城がほっとした顔で眺める。元気も何もすっからかんのときは、自分の為に作られた特別を。これが一番効くんだよね。
「おいしいね鬼丸!」
結城が嬉しそうに言った言葉に、佐久間は大きく頷いて笑った。
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「やった!もう正面からいけるじゃん!」
佐久間はようやくSSR喜多村に耐性がついたらしく、待ち受けを不意打ちで見ても動じなくなっていた。その携帯に、喜多村からのメッセージが届く。
ー スーツ置きに一旦戻ります ー
スーツ…置く…一旦??二人は顔を見合わせた。数十分後玄関のチャイムが鳴る。訝しげにドアを開けた二人の前には。
【【!!!!!!!?!!!!?】】
ディレクターズスーツからブラックタイへと進化変貌を遂げた(着替えた)「UR・タキシード姿の喜多村」が立っていた。佐久間にとってはもはや未知の世界だった。
「おっ卓!鬼丸ぅ、俺さ夜からのやつも
出ないといけなくなって。さっきまた
借りてきたのハルちゃんから。
あいつほんと着道楽だよなー」
借り物だし、クリーニング出すまでこれどっか掛けといて。直立不動・棒立ちの佐久間に、喜多村はスーツの入ったガーメントバッグを渡すとその頬に軽くキスして出て行った。この間約2分の出来事。
「…お、おにまる?無事…?」
せっかく目視とはいえ慣れることができたディレクターズスーツから、全く免疫のないブラックタイタキシード。そしてURにキスを食らうといった最終兵器発動コンボに、佐久間は目を開けたままなんだか夢を見てるような気分で、叫ぶ結城にがくがくと揺さぶられていたのだった。
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