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smashing! やみをてらすひかりに

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗。彼には自称唯一無二のスーパーコンシェルジュ・後輩(?)設楽泰司がついている。

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「先輩もうすぐ学校着きます。そろそろしゃんとして下さいよ?」
「…ごめ設楽。いつもありがと」

先輩は眠りが浅いせいか、午前中はぼんやりしていることが多い。俺は毎朝先輩の「家」まで迎えに行って、講義終わったら帰りは先輩をバイト先まで送る。
こないだついに駐禁で免停くらったらしくて、泣き付かれたというのもある。この人はどこにでも停めちゃうし、誰の車にでも乗っちゃう。ちゃんと相手は選んでるよ?本人はそんなこと言ってるけど、周りからしたらただ危なっかしいだけなんだ。自由奔放、惚れっぽくてどこか危うくて、影では腐系女子から絶大な人気を誇り、後輩の喜多村千弦のことが大のお気に入り。気に入った相手には誤解を受けるほど絡むくせに、特定の相手を作らない謎の先輩。伊達さん。

先輩は最近までこの大学の准教授と付き合っていた。別れたんはそんなたいしたことじゃないんよ。たまたま喧嘩がそう発展しただけ。先輩はそう言った。

准教授と先輩はもともと年の離れた友人。幼い頃から面識があったという。大学で数年ぶりに再会したという次の日、二人の間の空気感があからさまに変わってた。准教授、先輩より手早いんだな。
よく二人で並んで歩いてた。先輩より頭二つ分程高い准教授は、構内の台や机の上に先輩を座らせては「丁度良いサイズ感」なんて嬉しそうに笑っていた。

そんな時だった。

「設楽さ俺「家」もらっちゃったん」
「…は?え?家?」
「大が、そこに居てくれって」

大倉大。おおくらだい。漢字だと上からも下からも同じって、准教授が自己紹介でも言ってた気がする。俺らの間ではダイソーと呼ばれてたりもした。ごめんね大倉さん。

「…俺が大学出たら、ずっと一緒に居てくれって。いいでしょあの家?広くて静かで、丁度いい田舎。でもさ」
「…先輩には無理でしょ」
「うん設楽。そこなんよね」

好意を向けられることはすごく嬉しい。うんと甘やかされるのも、特別な存在として愛されるのも。でも俺は俺で好きなとこに行って、好きな時に戻ってきたい。

「一緒に居てくれ」と「飼われてくれ」は違うんだ。
あんたのとこにはちゃんと戻ってくる。そう言ってるのに。
大には、それが理解できないんだ。

先輩と准教授が別れるまでの間、俺は毎朝あの「家」まで先輩を迎えに行った。頼まれてなんかないけど、俺はそうしたかった。
大抵、准教授はもう出掛けた後で、何度呼んでも返事がないから、家に上がり込んで先輩を探すとこから始まる。奥まった部屋の布団の中で泥のように眠ってたり、縁側に座ったままどこか遠くを見てたりしていた。その姿もちょっと普通じゃない時があって。俺は何度も「俺んち行きましょう」そう言って連れ出そうとした。でも先輩はその都度やんわりと断った。

「大が帰ってくる前にここにいないと、心配するからさ」


幾つかの季節が巡って、大倉准教授に海外赴任の話が持ち上がった頃。とある週明け。その日の先輩は、准教授と付き合う以前のように明るく笑って俺を迎えた。前と違ってたのは少し痩せた頬の影と、目に見える部分に数カ所の痣。

「設楽、俺さ大と別れたわ」

玄関の表札は既に外され、あったはずの家具がなく、なかったはずの家具が増えたりしていた。家の中に准教授の気配はどこにもなかった。先輩が俺に見せてくれたのは走り書きのような、手紙。

“ほんとうに悪かった。家は君のだから、処分してもらっていいです。ただ君と一緒に居たかった、ずっと。それだけだった”

何故あの人が先輩を手放したのか。いや、手放せたのか。その辺の経緯はわからないまま。おっちゃんは拗らせると豹変しちゃうんね。俺も気を付けよっと。小さな笑い声。だけど先輩は全然、笑ってなんかいなかった。
俺があいつの闇、照らしてやれたら良かったのにな。先輩は穏やかな表情で時折、手の中で丸めた紙片をじっと見つめていた。

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「設楽、今日奢るからどっか行こ?そんで泊めて」

その日講義が終わって、先輩は俺を呑みに誘ってきた。帰り楽だからお前んちの近くね。言うだけ言って先輩はさっさと俺の車に乗ろうとして、通りかかった佐久間先輩にちょっかい出して笑われてる。運転席座ってドア閉めて、さあ出発。その時、先輩が静かに呟いた。

「ほんとありがとな。明日からもう、お迎え大丈夫だから」

送迎なんてずっと続けるつもりはなかった。だけどもう俺の中では、先輩を送り迎えする、そのことがルーティーンに組み込まれていて。ありがとって言われたときに何かが、心の中でぱつんと、弾けた。

「あ、ちょっ!お前泣き上戸だったわごめえん!!俺が泣かしたと思われる!」

手近にあったティッシュで俺の顔乱暴に拭きながら、なんでだか先輩も涙声なってる。すいません。そう言って俺は慌てて車を発進させた。俺の家、マンションの駐車場に着いた頃にはお互い号泣状態で、車の中、足下ティッシュだらけ。対向車ドライバーの引きつった顔、夢に出てきそう。とりあえず外出て、俺の後ろを先輩が大人しく付いてくる。

「…グスッ…設楽ぁ…なに食う?」
「肉肉肉。高いのお願いします。割に合わない…ズズッ」

フヒヒ。鼻声の先輩が笑う。いいよ何でも奢るから。なんなら俺の事も食っとく?もれなく半額にしとくけど(何を)。

「俺が、好きなのは、佐久間さん」

そういう操立てる系の子、大好き。でもちょっとだけ優しくして…。
先輩が俺にぶら下がるようにハグしてくる。端から見ればイチャコラしてんだなとしか思えない体勢で、この通りの先にある高級焼き肉店を目指し、俺たちは急いだ。顔中にダダ漏れの水分、みっともなくティッシュで拭いあいながら。




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