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smashing! あなたにまかせたそのかちを

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。非常勤である、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている(伊達攻)。そして伊達は、後輩獣医師・設楽泰司ともそういう仲(伊達受)。でも全然愛を持って互いを思い遣って三人で楽しく暮らしている。

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設楽泰司の実家は伊達家からさほど遠くないところにある。あのゴーヤ作りの上手な「設楽ばあちゃん」の家はその数軒先。
設楽は6人兄弟の5番目。一番下の大学生の弟・泰良を除き、他の兄弟はそれぞれ独立している。実家に帰るのは年に数度、お彼岸の時期のみ。大勢を迎えるには手が掛かるため、兄弟は大体2人ずつ帰省するという暗黙の了解になっている。川沿いの堤防上の道路を下ると、鬼瓦が睨みをきかす瓦葺の2階建て。畑を兼ねる広い庭先には父の車。引き戸の玄関を開けると、中から末弟の泰良がパーカーとスウェット姿でのんびりと出てきた。うわほぼお揃い感。

「あれ!ニイちゃん今年早いな」
「タイラか。俺ばあちゃんちも寄るから」
「みんないないよ?昨日から」

大抵は両親どちらかが出迎えてくれるのだが、先日いたどりショッピングモールの福引で「高級温泉旅館三泊四日ご招待券」に当選、両親プラス祖母までが昨日から出かけてしまったという。ここに呼ばれた理由は「家の周りと畑の雑草取り」。成人男子を呼びつけるにはどうかと思うが、設楽家の兄弟間では普通のことなので誰も疑問に思わない。

「腹減ってないか?俺いまからラーメン作るんだ」
「…オレも食う」
「あ、じゃ4人前な。ニイちゃん葱切ってよ」
「御意」

それ相変わらずだな。二人は笑いながら台所へ。ここの台所は土間で、設楽はそこがけっこう気に入っている。シンクに並んだ端っこが少し欠けてるラーメン丼は、二人前はゆうに入る特注。鍋二つで手際よく仕上げた、ロースハムが一枚ずつ乗っかったラーメンに、設楽は慣れた様子で刻んだ葱をてんこ盛りにする。土間を上がったところにあるダイニングテーブルに運び、小さな頃からの大好物を二人で熱々のうちに啜る。

「…ニイちゃんさ、引っ越したって?」
「うん。先輩とこだけど。広いから住んでもいいって」
「あの人な、伊達さんだっけ。こないだウチ来てたね」

家に挨拶に行きたい、伊達がそう言ってくれた時に設楽は一旦は断った。設楽は自分のことを、家族にあまり詳しくは伝えていなかったから。色々知られることに少なからず抵抗があったのかもしれない。伊達はそんな設楽をやんわりと制し「俺に任してくれればいいん」そう言ってある日、設楽に内緒でこの家にやってきて、そして両親と祖母に会ったという。設楽がそれを知ったのは全てが丸く収まっていた後。両親、祖母の3人の謎のデレ顔とともに。

「一体何があったのか、誰も口割らないんだよな」
「…俺さその日授業なかったから、お茶出しながらこっそり聞いてたんだ。客間の話」
「マジか。何したん伊達さん」
「…何も。てか、俺も口割りたくないし」

いつの間に家ごとアウェー化したんだ。設楽は残りのラーメンを一気にたいらげ、炊飯器の中にあったご飯もスープの中に沈める。レンゲでスープごとご飯を掬いながら、設楽は遠くでぼんやりと思った。きっと何があったかなんてどうでもいいことなんだ。伊達さんは「任してくれ」と言ってくれた。そして後日両親が電話口で、明るい声で笑っていたんだ。

あの人は俺に「任された」。
そして皆は、俺をあの人に「任せてくれた」。

ー あの人はお前にはもったいないくらいだね ー

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「そんなに生えてなかったな草」
「日頃から母ちゃん手入れしてっから。ニイちゃん今日泊まってくんだろ?焼肉奢ってー」
「伊達さんの件、教えてくれたら」

えーそれは悩ましいー!泰良は頭を抱えながらも、夕暮れの庭先で、草取りの道具を片付け始めた。設楽は、小さい頃から押せばなんとかなっちゃうこの弟のことを少しだけ心配しながらも、伊達の「あの子を俺にくださいお入りくださいありがとう的な挨拶」の顛末を聞き出すため、なにか家に酒あったかなあ…と具体的な策まで練り始めたのだった。




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