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smashing! おれがたくされたあいを

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。今週も無事終了、明日は第4土曜日につき連休。

いくら俺が鬼丸のことが好きだからといって、年がら年中サカってるわけじゃない。そりゃ、する日のほうが断然多いけど、しない日だってある。そんな日はなんか肌寒かったり、心細くなるような天候で、低気圧がでっかいとかそういうのも関係してるのかもしれないけど、たまたま今日は大きな台風も近づいてる。そんな夜。

こないだ鬼丸の兄ちゃんから届いた「ふるさと便」。その中には鰻のひつまぶしが大量に入ってた。現地の食べたことないから山分け会で仲間内全員が狂喜乱舞。6人で分けても相当量。お兄さんどんだけ買ってくれたん。どんだけ弟好きなん。

説明書通りに解凍して、炊きたてのご飯に乗っけて食べた。目から閃光出るほど旨かった。鬼丸は少し懐かしそうに、それでもどこか淋しそうに、ひつまぶしにあさつきと海苔、熱いだし汁をかけて啜ってた。
鬼丸の考えてることは大体分かるようになったけれど、その心の微妙な揺らぎまでは、悔しいけどまだ俺には分かってやれてない。

夕飯食べて、一緒に風呂入って。あ、一緒に風呂入るからってその都度しないからね?大抵するんだけど今日はしなかった。鬼丸の髪を乾かしてやって、リビングで肩や腕なんかを揉んでやる。俺もやるよっていうのを、今日は俺が鬼丸を癒やしたい、そう言ったらちょっと困ったように笑う。

「千弦のぬか漬けが食べたい」

そんなシコいこと言いやがるから、俺は内心お祭り騒ぎでキッチンに立つ。冷蔵庫、密閉容器の中で俺が育ててるぬか床。その中には鬼丸の好物のきゅうりや茄子、セロリの茎なんかが眠ってる。
食べ頃なのは茄子かな。まだ浅漬けだけど、鬼丸はこのくらいのが好きだ。カチョカバロをバケットに乗っけて炙ったやつも添えて。冷えて飲み頃の焼酎も手にリビングに戻ると、鬼丸が昔の映画見てた。
隣に座った俺に、ごめん先見てる。そう言って珍しく俺のほっぺたに軽くキス。たったそれだけで俺のテンションはダダ上がり。梅雨の最中ですしね台風きてますしね。こんな時期は精力剤の何倍も効くね。

これも昔じいちゃんと観たやつ。鬼丸にとって最初の理解者だったというじいちゃん。当時本人は映画館の若い館長さんと突然海外に出奔、今は二人で南の島で暮らしているという。駆け落ち的な。こう言うと身も蓋もないけど。

「じいちゃんには、俺が男しか好きになれないっていうの、うすうす感じてたみたいで」
「そうか…」
「うん、俺は小さい頃からそうだった」

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ー 鬼丸を頼むな? ー

みんなで鬼丸の実家のお寺に行った時だ。鬼丸のお兄さんは、誰も居なくなった本堂の中で俺に言った。静かな表情だった。
ホントは大事な弟を取られたくなかったかもしれない。だけど鬼丸の選んだもの全てを、お兄さんは受け入れたんだ。俺という人間を、鬼丸の周りにいる仲間達を。それでも淋しいだろう、悔しいだろう、だって自分が一番鬼丸をーーーー

攫いたかったんじゃないのか?

もし兄弟なんかじゃなかったら。もし他人同士だったなら。
その「仮説」が、たった一つの心当たりを確信させた。

只、大事な人間に一番信頼されて、最も安心できる場所になれたなら、自分だったらその絶対的信頼を壊してしまえるだろうか。最後の拠り所でもある自分がそいつを裏切って、その身を食らってしまったら。
二度と受けとめてやれなくなってしまう。

「千弦?」

映画の内容が全然頭に入ってなかった俺は、鬼丸が呼ぶ声で我に返った。面白いやつやってるからこっちにしよか。いつも優しい鬼丸。この朴訥な優しさを育んでやることに、どれほどの時間と心と費やしただろうあの人と、同じ瞳、同じ髪。だけどここにいるのは「俺だけの鬼丸」だ。

鬼丸の腕がぎこちなく俺に回される。されるがままの俺の目元に、頬に、そして同じ唇に触れる。段々と深く合わさっていく感触に、今まで頭にあった色んな事も、何もかも押し流されていく。
シコいお前の精一杯の誘いが愛おしくて、つい笑みがこぼれる。やっと笑ったな。鬼丸の小さな声に、自分がずっと難しい顔をしてたことに気付く。

「うん、こんな日は思いっきりヤッちゃった方がいいですね」

まんまるく見開いた目がやがてクシャッと笑う。千弦はそうでないと。よくわからないお褒めの言葉。鬼丸の腕を引き寄せながら、俺はまるごとその身体の上に沈んでいく。

俺の熱、そしてお前の熱。ここにある全てを、お前の全てを取り込んで溶け合ってしまえばいっそそれがいい。それが鬼丸を託された俺に出来るたったひとつの。

使命。


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