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smashing! めしませせんせい

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。お彼岸も中日を過ぎた本日も、休診。

珍しく数日の休暇が取れたりするこの時期。院内の掃除にワックスがけ、溜まってたデータの入力なんかも全部終わらせた。そんな俺らは本日ダラダラを決め込む。いわば何もしない一日。
佐久間は元々が真面目で、あまりゆっくりとは寛げないタイプ。いつも何かしら飄々と動き回っている。
だから物食った途端寝落ちたりするんだ。喜多村は常日頃から佐久間に心底ゆっくりさせたいと思っていた。思ってはいた。ただ自分がお強請りするあれやこれやが、彼をちょっとだけ酷使したりすることには目を瞑っていたのだが。

午前中に目が覚めたらもう佐久間の姿が見えない。この時間は玄関先や屋上の観葉植物に水やりしてるきっとそう。
俺は決めた。しない。今日は絶対しない。そりゃ俺は辛いけど、その方が絶対鬼丸の身体には楽な筈なんだ。大体、例の穴はもともと出るところであって、入れるとこじゃない。だがしかし。そこに穴あったら入れたくなるだろ。鬼丸には入れときたいだろ。男とはそういうもんなの。
喜多村は今日一日(あと半日)佐久間に休養させる決意をした。

「だって千弦…せっかく時間あるんだし、倉庫も片付け…」
「いいの片付けなんて俺やるから。鬼丸はここから動いちゃ駄目。はいコーヒー煎れたから。好きでしょメープルの」
「えこれも、買っててくれたんだ?」

感動で目を煌めかせた佐久間の前には、好物のフレーバーコーヒーともう一つ。木箱入りのテリーヌ・ド・ショコラ。雲母税理士に教えてもらった逸品だ。それ鬼丸が全部食べていいから。魅力的な言葉に自然と佐久間の頬が緩む。

「その代わりゆっくりしてて」

凝ったスイーツ類は、一見小さく物足りなく見えるけど、ものすごく濃厚で食べきれない場合が多い。あれはまさしくそのタイプ。腹に物入れればとりあえず佐久間は寝落ちるから、大人しくして貰うには丁度いい。居心地悪そうに頷く佐久間に、喜多村は嬉しそうにキッチンに向かう。ほぼ毎日自分の好物である肉類が続いていたので、今日は佐久間の好きな物を。
カウンター越しに目をやると、案の定佐久間は寝落ちていた。マグカップは無事テーブルの上。クッション重ねといてよかった。

酒の肴にシフト出来る物、春巻きがいいかな。白身魚をワインで蒸して、そのついでに温野菜して。あとこの間夜食に使ってた梅漬け。それを潰して白味噌混ぜてソース代わりに。佐久間のフルーティな梅漬けは喜多村も気に入っている。
出来たてを食べさせたい。ならば作り始める前に、そろそろ奴を起こしてやらなければ。喜多村は何か思いついたように、梅ペーストを少量、指先に取った。

「おにまるーご飯作るから。そろそろ起きてー」

へんじがない。ただのしかばねのようだ。

喜多村は悪戯っぽく笑って指先の梅ペーストを鬼丸の唇の隙間に埋め始める。あ、なんか眉間にシワ。同時に少し口元が開き、喜多村の指先がつるりと入り込んだ。

「っ、ごめ鬼…丸…(アッーーーーーー)」

佐久間の舌が無意識に喜多村の指先を舐め、味わうように軽く何度も吸う。この間数秒の出来事。
喜多村は完全にフリーズしていた。暫くして佐久間が薄く目を開け、美味しい。そう言ってまた眠ろうとする。その佐久間の唇ごと噛み付く勢いで喜多村が思い切り塞いだ。これまた数秒の出来事。

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「…今日休養…言ってたのにさお前…」
「ごめん鬼丸。無理でした」

さ、鬼丸先生にご飯作ろーっと。焼酎も出しとくねっ。そそくさとパンツだけ履いた喜多村がキッチンへと向かう。せっかく綺麗に整えたベッド周りはくっちゃくちゃ。顔中からカカオと梅のハーモニーする。

「あれだ、学習能力て個人差あるな…」

お前も、そんで、俺も。

佐久間は少し軋む身体をなんとか起こしつつ、これで喜多村がリフレッシュできたんなら、まあいいか。そして身をもって知った教訓をさらさらと砂のように受け流し、再びきれいさっぱり忘れてしまうのだった。




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