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smashing! このこをなおす まかふしぎ

フリー弁護士・白河夏己は、雲母春己の元後見人。雲母が成人し離れて暮らすようになってからも逐一近況を報告し合っている。実の親子以上に仲のいい、ダディとジュニア。両名180超えだけども。

今日は白河のたっての願いで、雲母はマネージャー的な相棒的な参謀助手として呼ばれた。学園祭のセトリに押し込まれたセミナーやら講演会やら。顧客に頼まれたのでは断りづらい。本業より忙しいのになんかこう、のれんに腕押しなんだよな。若い世代と接することに苦手意識があるのか、白河はこういった仕事にはつい雲母に救援を出してしまいがち。朝から分刻みでのハードスケジュールをこなし、夕方になって二人はようやく解放されたのだった。

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白河に案内されたのは、鳥取産の大山軍鶏を使う軍鶏料理の店。もう鍋が凄いんだよ。言葉少なにちょっと興奮気味に語る白河に、雲母は力強く頷く。唐揚げもお刺身もなんて素晴らしい。早速伊達さんたちにも教えないと。楽しそうに携帯を駆使し料理の写真を撮る雲母。白河の元にいるときはなかったことだった。

家族旅行中の事故で家族を失った雲母には、家族の記憶がとても少ない。頭部を強く打った際、いくつかの記憶が抜け落ちてしまったのだろう、それが医師の見解だった。治療を進め怪我が完治しても、子供らしい考え方や仕草も甘えるという感情など、元に戻らなかった「心」がいくつもあった。

「あれ、ハルそのカフス、ちょっと変わってないか?」
「浜辺で拾った貝殻を、伊達さんがオーダーで作ってくださって」
「貝殻…?え、ハル、海に行ったのか?」
「この間、皆で出かけたんですよ。大部屋に泊まってすごく楽しくて」

雲母たちのあの旅行先は、海へと向かうものだったのだ。

家族で、年に一度は出かけていたという海の街。大好きだったというその場所の記憶も、雲母からは欠け落ちていて。映像や写真を見せても何の反応も示さなかった。入院中も、毎日のように色々な資料を雲母に差し出し続ける白河に向かって、少年の雲母は優しく言った。

ー 僕が良くなったら、白河先生をそこへお連れしましょう ー

ハルは俺が行きたくてこれを見せてると思ってるんだな。楽しかった思い出も家族と楽しく過ごした時間も消えてしまったけど、お前の中には大事なものが残ってた。

どんな時も人を気遣い思いやる優しさが。



「へえ、けっこういいなあ。細かく砕いた桜貝を敷いて、その上に花のように貝殻を重ねたんだな」
「僕すごく頑張ってたくさん拾ったんですよ、浜辺で」
「…そっか、たくさん拾えたか。よかったなハル」
「…先生?」

何でもないちょっと花粉症なだけで。雲母は何でも入っている重厚なボストンバッグの中から新品の目薬を取り出し白河に手渡す。彼の気遣いの行き着いた先は、いついかなる時も用意周到。そして数々のダミー。それは自分と相手を守るための盾。

「次はもうちょっと気抜いて、伊達くんとシガラキ…じゃなかった設楽くんも一緒に、皆で飯食おうな、ハル」
「…先生いまちょっと、すごく仏…いえ、穏やかなお顔でいらっしゃる」

まさに「屈託のない」笑顔で笑う雲母。無くしたものを取り戻しつつあるのか、または新たに取り入れることができたのか。いずれにせよあの二人の恋人と、ハルの友人たちはとんでもない名カウンセラーなんだな。白河は雲母の酌をぐい飲みで受けながら、初めて見る雲母の「コドモ顔」に、叶えられなかった願いに想いを馳せるのだった。





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