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smashing! きこえたこえのゆくえを・後

「和尚和尚!来た!鬼丸くん来た!」
「…帰りたくないんやろうけど、もちょっと早く出てこいて…」

佐久間の通う高校の、丁度監視カメラから死角になりそうな場所。達丸和尚とその友人達はワゴン2台で横付けしていた。檀家であり達丸の親しい友人達。ガテン系やらライダース系やら、なぜかスポーツ整体師まで総勢4名。いずれも180cm超の大男。その中に埋もれる168cmと小柄な達丸は、ヒトに捕まった焦げ茶頭の宇宙人みたいに見える。

「おめーらがでかすぎて俺前見えんじゃん」
「…和尚、あいつも…来たで」
「…そうか」

佐久間は人目を避けるように校門から出てきた。その脇に急に車が現れ、中からは一人の男。達丸が寺で身元を預かっている、伊々田静馬だった。その姿を見た途端固まった佐久間を、半ば強引に車に乗せようとしている。

「…和尚、俺行こうか」
「いや、ちょっと様子見させて」
「鬼丸くん攫われてまうで」

伊々田は後部座席に佐久間を乗せ、車を出した。少し遅れてワゴン2台がそれぞれ後を追う。段々と口数の減る車内。暫くすると伊々田の車が、この辺りに乱立するラブホテルの駐車場に停まった。抵抗する佐久間が伊々田に連れ出され、車内に緊張感が走る。

「和尚、警察呼ぶか。さすがにこれは」
「…今、じゃないんよ」

今ここで警察沙汰にしたら、確かにほんの数年はあいつを鬼丸から引き離せるだろう。法の上では護られる。だけどあいつは一生、鬼丸に執着しなきゃならん。鬼丸もずっと追われ続けなきゃならん。根本的なところを叩いてやらな、整えてやらな、治らん傷を無理に塞いでも、何も解決しんのよ。

ワゴンをその駐車場に止め、5人はホテルの無人受付の奥へと急いだ。「おおごと」にしなければおおよその関係者は動いてくれる。不審者を捜索する団体よろしく、佐久間が連れ込まれたかもしれない「空室」を、5人は片っ端から調べ始めた。

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…ここを出たら君のこと
「つれて いきたい」

伊々田の唇が示した「言葉」。佐久間はずっと考えていた。一体自分なんかを何処へ連れて行きたいというのか。そして「ここを出たら」。修行中でしかも兄の達丸に助けられた身で、伊々田は勝手にあの寺を出るというのか。

伊々田の車に乗せられて数十分。連れ込まれたのは、街からさほど遠くないホテル街の一軒。佐久間は何度かこのホテルに来たことがあった。少し割のいい清掃のバイトで、友人とここの掃除をしたことがある。

「ここ無人なんだね…なら恥ずかしくないでしょ?」

佐久間の肩を抱き、伊々田は時折その髪に軽いキスを繰り返す。そして楽し気に部屋を選ぶ。人とすれ違えるかどうかの狭い廊下。逃げるタイミングを計っていた佐久間は、なんとか状況を打破できないか、それしか考えてなかった。だからこそ絶好の機会を、自ら捨てることになった。
入ったことのある部屋を自分から決めれば良かった。からくり屋敷のようなギミック付の部屋。面白くて掃除しながら友人と探検したことがある。あの部屋に入っていたなら、時間いっぱい使って躱して、この男を撒けたかもしれないのに。

無人の筈の廊下の先、数人の話し声がした。訝しむ伊々田が佐久間を背中で庇うように隠す。

「…っ…兄さん…!」

そこにいたのは、屈強な友人達を連れた、兄の達丸だった。達丸は佐久間の姿にほっと溜息を漏らすと、静かだが強烈な怒気をその大きく鋭い目に纏い、正面から伊々田を射貫くように見つめた。

「何しとんの伊々田。制服の可愛い子連れて」

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「許すも許さんもないて。何もなくて本当よかった。あんたにとってもね」

ホテルから連れ出された先、屋外の駐車場に止められていた2台のワゴン。佐久間と伊々田は後部座席に座らされた。達丸の友人達はもう1台で待機する。

「大丈夫だったか、鬼丸」
「うん…」
「伊々田くん、あんた俺に言ったな。修行して坊さんになって、自分も住職なりたいて」

そこがな、どうしても俺には腑に落ちんかったんよ。やりたいことの見つかった人間はな、あんたみたいな煩悩だらけの顔しとらんのよ。
好いた相手がいて、そいつを手に入れたい、奪いたい。それは男としても人としても当然の感情や。生殖なんかが伴わんくても、年なんか違っても、人としての愛情は何も変わらんでな。
でも、それはあくまで「同意」でないと成立しないんよ。

伊々田は黙ったまま、下を向いていた。

無理に奪ったところで、その時点で相手の心を放り出しとるの。わかるか?無理矢理ってやつには心がついてこんのよ。相手の生活を、心を、壊してまったらそれはもう戻らん。
あんたが欲しいんは、鬼丸全部なんだよな?心ごと欲しかったら、ちゃんと話して、ちゃんと向き合え。向き合って、お互いが相手を受け入れたい、そう思わんと、相手の全部なんか手に入らんのよ。

「…僕はお寺出て、鬼丸くんと一緒にいたい思ってます」
「鬼丸のほうは、いいって言っとらんだろ?」
「何も言わなかったけど、同意してくれた。僕はそう感じた」
「…な? “ 何も言わなかった ” そうだろ?
 その時点で、あんたは鬼丸を手に入れることは出来んのよ」

声なき声。が。

この男の不器用でどうしようもない身勝手さが、こんなやり方でしか気持ちを伝えることの出来ない歯がゆさが、それでも。自分に気付いてほしいと、わかってほしいと叫ぶ声が。

佐久間は、漸く聞こえたような気がした。

「伊々田さんごめん。俺はあんたと「そう」なりたくない」

でも、それでも、伊々田さんあんたの。
あんたの気持ちは、俺にも何となくわかった。から。

達丸は自分に関わった人間を、一人残らず救ってやりたかった。
勝手な言い分だが、達丸は伊々田がどういった類いの人間かを出会ってすぐ見抜いてしまった。身元も分からない行き倒れを匿う。そんな危険を犯してまで伊々田をサポートしたのは、達丸はこの世に「修羅」などないと信じているからだ。あの男の身元も経歴も、調べようとすればいくらでも可能だ。ただそれは、自分が暴いてどうなるものでもない。だから辛抱強く待った。

伊々田が自分からすべてを打ち明けてくれるのを。
無理矢理でなくて同意で。

伊々田くん、打ち明けてくれたことあったよな。俺を信じて心開いてくれたやろ?そういうの、あんた実はもうクリア出来とるんよ、伊々田くん。そうなったら気付くのももう時間の問題。あんたはもう道を違えなくてもいい。俺の見立てには間違いがないんよ。

伊々田は黙ったままだった。ワゴンから降り、ゆっくりと自分の車に戻っていく。伊々田は一度だけこちらを振り向き、二人に向かって会釈した。そして落ち着いた様子で車に乗り込み、そのまま走り去って行った。

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寺への帰り道。ぐったりと後部座席で横たわる佐久間に、達丸が声を掛けた。

「悪い。もっと早く来れりゃよかったんやけど…」
「…なんであそこにいるってわかったん?」
「そりゃ、兄ちゃんには何でもわかるもんで」

相手の気持ちになったら、なんでも手に取るようにわかるもんよ。
まさか弟の学校の近くで友人と張ってました、など、言えるわけもないがね。半日かけた本気のレスキューゲーム、弟を無事救い出せたことが、達丸にとって全てに感謝する出来事になった。

「あ、さっき来とくれた、檀家の兄さん達にな。またお礼に行こ」
「…はーい…」

達丸の携帯に伊々田からのメール。

ー ご迷惑をお掛けしました。家に戻ります。鬼丸くんにはちゃんとお詫びに伺います。お世話になりました ー

…だってさ。淋しなるな。佐久間はメールの内容を達丸に聞かされ、そのまま目を閉じた。ずっと、自分の中から離れない、雲を掴むように不確かで、それでも初めて自分の中で確信に変わった事。

声なき声を、姿なき姿を、俺は感じ取らなきゃならない。
恐らくこれから先。
それが俺を支える軸になるはずだから。


朧気に見える指針はそれでも、佐久間の中で確かに、深く深く根を下ろしたのだった。



前編コチラ↓

https://note.com/kikiru/n/n665f963519d8


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