ポートレート03 「メタファー」
結城卓は数年前までボディボードが趣味だった。というのも当時付き合っていた男性がやっていた、極シンプルな理由。大体マリンスポーツなんてのは日焼けと体力との戦いだし。結城の持論は揺らぐことはない。
それでもこの夏は、恋人である小越優羽と一緒に海に行ったりした。一度佐久間をはじめとする友人たちが宿泊先までやってきて、面白おかしい休暇を過ごせたりもした。だがそれ以外は大抵小越と二人で、ボディボードを繰ったりビーチテントの下で寝そべったり、日がな一日浜辺にいた。
昔付き合ってたやつがどうとか、小越は一切詮索してこない。気になっちゃったりする?一度聞いてみたことがある。小越は困ったように笑いながら言った。
卓がいま好きなのはーーーーー。
小越の言うことは正論だ。揺るぎなく疑いなく、結城の心を信じている。ああ、それでも。過ぎた過去は戻せないし、その頃に出会ってうまく行くなんて保証はない。そもそも小越と出会ったのは彼が18歳の時。そして彼の祖父である和威に心癒された日々は更に前。
何だって、誰とだって、出会った「その時」がベストなんだ。
「これさ、けっこう前のやつ。海行った時の」
「あ、すごい全然変わんないな卓…」
「古いし、捨てちゃう前に見てもらおと思って」
「?何で捨てちゃうの?」
「えだってさ…」
卓がいま好きなのは「俺だから」。
いつものようにさらっと言われて、指先から滑り落ちたポラを小越が拾い上げる。これ俺もらってもい?大きくてくりっとした目が結城に向けて瞬く。
いいよ、俺のことは全部好きにしてくれていい。そのポラも、冷蔵庫に入ってる限定のプリンもみんな。
優羽以外はもう、いらないんだ。
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