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smashing! おれのなりたいもの

佐久間イヌネコ病院・喜多村千弦動物看護士。彼はここの院長に当たる佐久間鬼丸獣医師と付き合っている。あからさまな恋人同士である。
同じ職場でイチャコラしようものならヒンシュク間違いなしではあるが、そこは二人とも鉄の意志で死守。診療時間内は絶対にイチャコラしない。ここはなんといっても「聖域」なのだ。

「こんにちは。今日はどうされました?」

受付で喜多村の軽い問診が始まる。患畜の状態や食欲の有無など、飼い主さんからの情報をカルテに書き込んでいく。佐久間は扉の向こう側で診察台を拭きつつその様子を聞いている。

…いい声なんだよなあ。

低すぎず、高すぎず。友人の結城卓のように「一見男の娘なのに掠れたハスキーヴォイス」みたいなギャップもない。落ち着きがあって穏やかで、飼い主さん達の間では「悩殺モテ声」などと噂されているらしい。って牛尾さん…近所に住んでていつも野菜やなんかいっぱいお裾分けしてくださる、軽く壮年の女子が言ってた。
そのあと佐久間が診察、触診してそれなりの処置をして。グルーミング的な作業を頼まれたときは喜多村の出番である。動物看護士の他、トリマーやら訓練士やら持ってるから、細部までケアできる。ペット達も喜多村の癒やしテク(テク…)でデロデロになるので、飼い主さん達の間では「超絶癒やしフィンガー」などと噂されているらしい。って牛尾さ(略)

かなりの患畜を診て、今日は少し時間が押してしまった。最後の飼い主さんを見送って、本日の診療は終了。
掃き掃除、拭き掃除、カルテ打ち込み、薬の在庫確認。二人で素早く終わらせて、電源落として建物二階の住居部分に移動する。今日の喜多村は鼻歌を歌っている。いつにもまして機嫌いいな。

「お腹すいた…千弦なんかいいことあった?」
「うん。すっごく」
「スタンダードプードルの龍馬、だいぶ毛生えてきたしね」
「や、龍馬の毛でなく」

喜多村の表情が打って変わって、爽やかナイスガイから妖艶ヘンタイ魔神に。あれ…一体何がお前の琴線に触れちゃったんだ?

「今日さ、鬼丸。俺のことずっと見てたよね」
「…ずっと…?」
「俺が飼い主さんと話してるとき、全然相槌打たずに、俺の動きばっか目が追っかけてた」
「う…」

確かに。今日は喜多村の無駄のない動きを観察し感心してはいた。だが極力気取られないようにこっそり、ほんとにこっそり見てた、のに。何がどうなってこいつに知られる羽目になったのか。
目の前で喜多村が仕事着であるスクラブを脱ぎ始める。徐々に露わになって行くその身体に、佐久間は少し熱くなり始めている自分に驚く。

「俺先にシャワー、いやお風呂かな〜どうしよっかな。ね鬼丸〜」
「…千弦、じゃお風呂洗ってきて…」

はーい!満面の笑顔で元気に答えた喜多村がほぼ全裸で風呂場へ走って行く。腹は減っているが今日は先に風呂でいたす、と。そういう流れなんだな。軽口を叩きながらそれでも、身体の奥底から湧き上がるのは強烈な飢餓感。空腹からなのか、あるいは。
食欲も性欲もいろんな欲がごっちゃになって、重ね合った身体も境目なんて無くなって、いつしか喜多村と只の一つの固まりに。そんな幸せなことになったら嬉しいのに。佐久間は風呂場に向かいながら、白衣のボタンを一つずつ外していくのだった。




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