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smashing! みどりはむ そのすがたに

大学付属動物病院獣医師・設楽泰司。週一で佐久間イヌネコ病院に出向している理学療法士・伊達雅宗は彼の先輩で恋人だ。

小さい頃から宇宙や恐竜が好きだった。いつか恐竜の怪我や病気を直せる人になりたいと本気で思っていた。大きくなるにつれ、恐竜はもうこの世に存在しない生き物だと知った。

昔、確か小学生の頃。恐竜なんてもういないよって友達に笑われたんだ、ついぞ相談なんて持ちかけたことのなかった一番上の兄にそう零した。10才上の兄は、俺たちは皆恐竜の子孫なんだぞ、馬鹿にすることなくオレの目をまっすぐ捉えて言う。少し落ち込み気味のオレに、家の敷地内にある、倉庫兼兄弟の隠れ家的プレハブ小屋に、大工の見習いだった兄は器用に天窓を設えてくれた。天窓と言ってもただの嵌め殺しのやつだけど、寝っ転がって眺める星空はまるで切り取られた天体写真のようだった。

そもそもヒトは枝分かれしたその先の未来。直系での恐竜の子孫じゃない。それでも飯を食う時、特に肉、オレは内側から沸き起こる訳のわからない衝動を確かに感じている。食う、ではなく喰らう。腹が減るという感覚は穏やかなものではなく飢餓。食事と摂るという行為はまさにーーー

「お前は難しいこと考えるよねえ」

とっ散らかったベッド。伊達さんはオレの上でタブレットを見ながら、胸の上に顎を乗っけて呟いた。少し湿った茶色の癖っ毛がオレの胸元をくすぐる。

「帰ってすぐとか、せめてお風呂入ってからしたいん」
「オレは気にしません」
「もー俺が気にするのー」

口尖らせる割に機嫌はいい。あれだ、ぶーたれるってやつだ。綺麗にしとかないと嫌われる、そんな思い癖でもあるのか、この人は潔癖ではないけど綺麗好き。伊達さんの頭をそっと撫でると、気持ち良さげに脱力する。なんか猫みたいだ。茶色のふかふか。すると伊達さんの手が俺の頬を滑るように伸ばされた。

「タイジくんはあ、何の恐竜が好きなん?」
「…ブラキオザウルス」
「いっがいー、ティラノザウルスとか肉食系か思ったん、なんで?」

あの大きさで草食だなんて恐竜らしくないからです。伊達さんのきょとんとした顔が、なんかわかるう、ふにゃっと微笑んだ。首長くて顔がぶすっ可愛いんよねえ、そうですね、まさかこんなとこで意見合うとか。肉を食わない恐竜が生きていくには相当な量の植物を取らなければならなかっただろう。大きな体に似つかわしくない小ぶりの頭と口で、それこそゆっくりと1日かけて草を喰む。

ほら眉間シワなってるし、伊達さんの唇が目元に触れる。やらかい、あったかい。舌先がゆるゆると眉間を辿って降りてくる。逃げを打たせる前に捕まえて、深いとこまで貪って。

食うために生きている、生きるために食う、直接アンタを食らうことは不可能なんだ。それなら。
オレは、目の前のアンタ見ながら草食って欲を満たす恐竜、それでいい。


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