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smashing! きみとさくさくら

麗らかな春の午後。
佐久間は日課であるリイコの散歩に出掛けた。大体が休憩中なので公園一巡りツアー。もしくは商店街買い物ツアー。今日は前者だ。
動物病院に隣接した公園はけっこうな広さがあり、一回りするだけで運動にもなって丁度いい。
昨晩は風が強かったようで、桜の木の下に葉や小さな花が散乱している。そういえばテレビでキャスターが竜巻注意報などと説明していたことを思い出す。物騒になったよねリイコ。知ってか知らずか、リイコは佐久間をぐいぐい牽引していく。馴染みのコンビニの手前、蕾を沢山付けた桜の枝が落ちていた。昨晩の強風で折れてしまったのだろう。佐久間はそっとその枝を手に取った。

一応水切りを施し、リビングの低い棚の上に飾ってやる。活けた桜の枝の角度を調整しながら、佐久間はちらとソファーの方に目をやる。
ここ数日、喜多村はその父・千月に協力を頼まれ、何故か化学のテキストを開き唸る毎日。千月は高校の教師だ。ちぃたんだったら、このへんどう説明したら理解できると思う?千月にそんな疑問を持ち掛けられ、つい解析を引き受けてしまったらしい。ここ数日、喜多村がテキストに集中しているお陰で、実に静かで快適だ。佐久間はぐっすり眠れる幸せを噛みしめた。のはずだったのだが。

佐久間は、物足りなくなっていた。

毎朝毎昼(?)毎晩の、喜多村からのチューがない。通りすがりのチューもなければ、強引に風呂に乱入してもこない。風呂上がりにちゃんとパンツ履いてる。ベッドでも隅に丸まって遅くまでタブレットを睨んでいるし、キッチンで後ろからいきなり抱きつかれたりもしない。何だかこうやって羅列すればするほどヤバみが出るな。
それが一度になくなってしまったのだから、生活のリズムだって崩れて当然だ。けれどああいった勉強絡みの案件には必ず終わりがやってくる。今はちょっとだけ淋しい、いや淋しくはないんだけど、普段の喜多村のことが少しだけ懐かしい。そんなふうにも思えるのだった。


拾った枝を活けてから3日目。リビングの桜はまだ開かない。
今日も二人は仕事を終え、二階の住居に上がった。着替えのため佐久間が洗面所に向かうと、珍しく喜多村も一緒にやってきた。特に気にも留めずに佐久間が白衣を脱ぎ始めると、喜多村は何かのスイッチが入ったかのように、いきなり佐久間を羽交い締めにしてきた。

「おま!いきなりぃ!」
「俺、パ…父さんの用事終わった」
「えいつ?」
「さっき。休憩中にメールで全部送った」

千弦がんばった。お疲れさんだった。佐久間はぽんぽんと喜多村の腕を叩いた。そのまま喜多村を後ろにくっつけ二人はリビングへと戻る。

「鬼丸に一回でも触ったら調べ物なんかできなくなりそうだったから、鬼丸断ちしてたんだ」
「俺断ちしてうまくいったんか、よかった」
「もう限界。もう無理」
「……待っ」

ソファの手前でなぎ倒され、佐久間は無理矢理組み敷かれた。待ってちょっと暖房つけるから待て待て待て千弦ステイイイイ!!珍しい佐久間の号令に、喜多村の手が僅かに緩んだ。その隙にテーブル上のリモコン目がけてスライディングした佐久間は、速攻エアコンを起動させた。少し冷たく感じられた風が徐々に温度を上げていくその中で、既に着衣を脱ぎ捨て近づいてくる喜多村の気配に、観念したように目を閉じながらそれでも、五月蠅く高鳴る鼓動に、この先をなぞらえる記憶に、佐久間は心を震わせた。


棚に置かれた桜の木の分身は、暖かさに満遍なく包まれ、いつのまにか満開になっていた。




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