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smashing! おれはおれのおまえたちを

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。そして最近一緒に住み始めたのは彼の後輩で左側担当、設楽泰司。

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今日明日と、ハルちゃんも設楽もいない。だからといって何がどうってわけでもないんだけど、俺が早番で帰るときに、入れ替わりで入ってきた夜勤連勤の設楽と昼飯食べて、物陰でちょっとデコチューしてやって。
ハルちゃんは白河弁護士先生のところで、新しく弁護士資格取れた子たちに職業体験みたいなセミナーをするからと、先生に頼まれて手伝いに行った。夕方ハルちゃんを先生んとこまで車で送って、物陰でちょっとデコチューされて、そんでそのまま帰ってきた。

譲られてからほぼずっと一人で住んでたこの家、考えたらびっくりするほど広かったんな。

流石にもうこの時期全室窓開けっ放しは涼しすぎるから、開けるのは居間んとこの戸だけ。縁側と居間出たり入ったり。そんで庭にいるといろんなご近所さん何か持ってきてくれたり、笑わしてくれたり。よく訊かれるのは税理士さんは今日いないのか、とか。あのヒヨコ頭の子は、とか。あの二人はそれぞれ良い感じに周囲に溶け込めるので全然心配はしてなかったけど、俺の知らないとこでめっちゃ伝説作っててびっくりなんよ。

まずハルちゃんね。
身の丈六尺を超える美丈夫…だけど痩せてて細っそくて、186cmあるのに60kgないからね。でもガリガリってわけじゃないし健康だけど、本来骨がとても細いんだろうな。力もあんまりないんだけど、なんでか体力がある。持久力も。スタミナが無尽蔵なので、うっかり一緒に行動してるとこっちが先にダウンする。や、そっちじゃないのよ?
物腰柔らかく優しく綺麗だから、みんなハイハイ言うこと聞いちゃってくれる。このあたりの名士のおっちゃん達は全員味方に付けて。で、あっという間に交渉も成立してる。あんな穏やかなのにとんでもなく頭の切れる軍師がいたら、戦国のモノノフも思い残すこともないだろうにね。

あと、設楽。
まだ25才。色んなとこで新米扱いの筈なのに、あの落ち着きと肝の据わり方はほんとすごい。獣医に向いている、そう思う。怖がらない、躊躇わない、思い切りがいい。そういう奴は処置の手も格段に早いから動物も安心するし(そうそう佐久間もこのタイプなんよね)。
ただ見た目とは違って、熱血漢で涙もろくて。それが表情には出ない。だから端から見たら「急に泣き出す」みたいな不思議ちゃんに思われちゃいがちね。設楽はやっぱり全体的に「お嬢さん」に人気があって、おばあちゃんっ子だったのもあって女性に優しい。てかみんなに優しい。困ってる女子見ると率先して助ける。そんでこないだお礼に来てくれた人がね、お米だの鹿肉だの山ほどくれてね。ハルちゃんと一緒にすっごい喜んだの。

ああ二人ともほんと、ご近所さんによくして貰えて、俺まで株が上がっちゃう。この家は暮らしやすい。だから余計に手放せなくなったっていうのもあるんだ。もともとは前付き合ってて、別れるときなんもかも放って北米に転勤しちゃった元カレのだった。それを俺に対する慰謝料代わりなのか、あいつなりの真心なのか。俺が全部請け負う形になったの。
いい所だねホント。ここの裏山もこの辺り一帯も俺の。静かで自然豊かで。ハルちゃんなんか本当にここを愛してくれてて。庭に植えてる野菜なんかも、殆ど世話してないのにわんさか実ってくれる。

日も落ちて漸く居間から縁側へ出る戸を閉める。一人だからなんか簡単な丼にしようかな。台所いって冷蔵庫開けて。設楽が買っといたらしい肉、あ今日は鶏肉があるのね、じゃあ親子丼。ご飯は炊いてあるからのっけるだけ。冷やしてあった日本酒も一緒に居間に持ってく。

佐久間は配信番組が好きでよく観てたりするけど、俺は民放を流しっぱなしが多い。ニュース番組は頂けないけど。でも見てるわけじゃない。音があった方が賑やかしになるから。ああ、自分で作っといてこれ旨い。冷酒もなかなか合う。食べて呑んで、そうしてるうちに良い感じに回ってきたから、早々に食器洗いに台所へ。簡単に片付けてもっかい戻って横になる。テレビも消す。

静かな夜。ハルちゃんも設楽もいない。すっかり秋仕様になった庭から響いてくるのは、風にざわめく草と虫の声だけ。

俺はいつの間にか、愛するだけじゃ足らなくなって、愛されることまで望んでしまうようになった。欲望に身を任せるだなんて馬鹿馬鹿しいと思ってもいたけど、それが功を奏してか、あの二人が側に寄り添ってくれるようになった。

ー 俺にとってお前がどんなに大切か お前は気付いていないー

かなり昔のアーティストの、確かそんな歌詞があった。でも俺は幸運なことに、気付いてくれているんだよ、しかも二人とも。触れて、触れられて。そして俺は再確認する。俺がここにいていい理由を。

低いエンジンの音が響く。俺のジムニーな喧しいからすぐ分かるんだ。砂利を踏む音が近づいて。そのあとすぐに硬い底の靴音。あれ?ハルちゃんの革靴かな?なにか笑い合う声がして、玄関の鍵を開ける音がした。


ー お前らにとって俺がどんなに大切か 俺は気付いていないー

きっと俺は、ね。

一生このまんまだと思うんだよ。ハルちゃん、しだら。




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