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smashing! おれたちのじゅなん


俺、喜多村千弦は悩んでいた。

本日、世間はホワイトデー。諸々の女子が相手にお返しを貰ったり、もしくは差し上げたりする日だ。3倍返しだのなんだの、まことしやかに囁かれているが、3倍の基準がわからない。アクセなんていっても俺の愛する鬼丸院長は元々付けない。俺がしてるとなんか嬉しそうだけど。かといって鬼丸の大好きな焼酎もネタがつきかけてる。あいつの方が詳しいからなあ。あと好物なのはチョコレート…。
あ、チョコレートか!なにもバレンタインだけじゃないもんな。お返しにチョコもありだよな。しかし俺はスイーツ的な情報には疎い。お洒落は嫌いじゃないけど、特に女子御用達となるとてんでわからない。そういえば内輪にいたな詳しいのが。喜多村は少し考えて、その手の情報に明るそうな友人、税理士・雲母春己にメールを入れた。

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「あ、千弦くん。お困りなんだって?」

こっちに来たからってわざわざ寄ってくれる律儀さ。ハルちゃんのこういうところがほんと好き。最近俺らの先輩・伊達さんと何らかのストーリーが始まってそうな予感はあるんだけど、それとなく聞いてみたらまだチューだけで全然だっていうし(この短期間でチューはしたんだなあの野獣)。それを聞いてほっと胸を撫で下ろした自分。ハルちゃんが誰かのものになるなんてちょっと許せない感がある。だけど、確かにそんなのは俺らの一方的な考えでしかないのも分かっている。
ハルちゃんは有能な税理士さんで仕事が早くて食い道楽に着道楽、優しくて年配紳士好きのヘンタイで、孤高のク-ルビューティ。
俺たちの、大切な友達なんだ。

「ハルちゃん、ホワイトデーに鬼丸にチョコあげたいんだけど…いいやつどこで買える?」

「ンフフ…僕税理士ではあるんですけどそういうご相談が実をいいますと一番好きな分野なんですよねフフ…承りました全ておまかせをていうか千弦くん今から僕と一緒に買いに行かないかい?」(ノンブレス)

「あ、はィ…」

先にハルちゃんのマンションに立ち寄る。ハルちゃんのこだわりでスーツに決定。今日はイタリアンスタイル合わせ(ほんっと気軽に高価なスーツ貸してくれる)。ハルちゃんはダークブラウン、俺はブラックネイビー。ほぼサイズ一緒で嬉しい。世の中のご婦人の皆様は身綺麗な男子がキャッキャウフフしてるのを「尊い」言うんだそうだ。行く先々で超優待サービスが待ってるからねウフフ…ハルちゃんが言う。
俺は185cm、ハルちゃんは186cm。ちょっとハルちゃんのほうが細身だけど、スーツけっこう幅の誤魔化し効くから問題ない。
そうだこれ、鬼丸に見せたら面白そうだな。ハルちゃんち、天井高いしなんかギリシャ神殿みたいな柱とかあって楽しいんだ。映えそう。二人で並んで自撮りして、そのまま鬼丸に、送信、と。
あとで鬼丸を膝の上乗せて向かい合ってじっくり感想聞こ。


二人で繁華街の大通りを抜けデパートに向かう道中。あちこちから聞こえるちょっとした賞賛の溜息。黄色い悲鳴。でも鬼丸のヒギィィィィみたいなダミ声の方が正直俺は興奮するし秒で勃つ。あ想像したらやばい。ここじゃやばい。いかん買い物に集中しないと。
そんなこと言ってるうちにキラッキラした催事場に到着。当日だとこの時間すいてていいね、そんな中迷うことなく先導してくれるハルちゃん。ね千弦くん、これなんか鬼丸くんの好みじゃないかな。立ち止まる度に差し出されるてんこ盛りの試食チョコ。超優待サービスの数々。いいかげん満腹になりかけたころ、ようやく決め手になるそれに出会う。
口溶けが繊細で、あっという間に消える。日本人パティシエール作で、まるで和菓子のような円い造形の美しさ。その味に驚いて固まったままの俺を見て、ハルちゃんが微笑んだ。

「あ、ついに見つかったね。僕もこれ気に入った」

鬼丸の分、そしてハルちゃんにも。今日の心ばかりのお礼として。
そんな、悪いよ千弦くん。そう言う彼の手を取って小さなショッパーを渡す。瞬間、売り場の空気が変わった。しまったこれ注目の的だな。端から見たらこれ紛う事なき告白か承諾の図。日が日だからね。焦って愛想笑いを振りまきつつ、二人してそそくさとその場を去る。
そのままハルちゃん連れて家に帰ることに。どうせなら二人のこのカコイイ姿を生で堪能してほしい。我が鬼丸先生に。

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「ただいまー…あれ?鬼丸?」

小屋から尻尾だけ出して振ってるリイコに挨拶し、家の中に入るが、鬼丸の姿が見当たらない。ハルちゃんなんか飲む?リビングのテーブルにショッパーを置く。その時、ポケットの携帯が振動した。画面には「ゆうきすぐるん」の文字が。

「もしもし?えなに卓?」
「千弦!駄目だっていきなりあんな画像鬼丸に送りつけちゃ!どしても見たいって慣れるまで今までかかったんだからね!」
「卓ん家で !? 今まで?」
「もうすぐそっち着くから、鍵あけとけよ!」

もうすぐ 着く そっち…こっちに?

俺はすっかり忘れていた。鬼丸の「俺のスーツ姿」に対する耐性の低さは「照れ」で済まされる問題じゃなかったってことを。画像で頑張って慣れることは出来ても、実物を前にした時点でカウンターがゼロに戻ってしまうことを。

「ハルちゃんどうしよう鬼丸連れて卓が来る!」
「えなんで鬼が来たりてみたいなことに?なにが駄目なの?鬼丸に何が起こってるの?」
「とにかくこれ早く早く脱いどこう見たら鬼丸しんじゃうん鬼丸」
「待ってなにが?だれがしぬの?ちづるくん !? 」

暫くして結城卓が憔悴した佐久間を引き摺ってこの家へ戻ってきた。入って早々二人がそこで目にしたのは。
脱いだ雲母のスーツを出来るだけ丁重に運ぼうとして絨毯の縁に足を取られ、すっ転んだ挙げ句半裸で折り重なった雲母と喜多村二人の、何ともあられもない姿だった。


※ あ、スーツ無事ですv(雲母)




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