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smashing! おれとひみつのやくそく

佐久間イヌネコ病院。週一でここに勤務する理学療法士・伊達雅宗は佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士の先輩。


「お疲れサクマー!やっぱ俺がいると暇なるねーアハハ!」
「…伊達先輩。でもほんと助かりました!」

本日、喜多村家恒例・イベント招集により、喜多村と犬のリイコに強制招集がかかった。パ…父さんは今日が平日だってこと絶対理解してない。ぶつぶつ言いながらも大人しく従う喜多村。丁度休日出勤の代休で暇していた(?)伊達が来てくれることになり、事なきを得た。

「佐久間ぁ、俺さ泊まってっていいん?」
「全っ然大丈夫ですむしろ泊まってって。でも、ハルさんは大丈夫なんですか?」
「今日はねえハルちゃんどうなるか…」

ちょっとだけ淋しそうな伊達。どうやら税理士の閑散期にもかかわらず、顧客に大人気の雲母は急な仕事が入ってしまい、しかも遠方なので帰りが読めないらしい。大人って大変なときあるよね。伊達はそれでもちょっと楽しげに佐久間の後をついてまわる。

病院まわりの掃除を佐久間に任せ、今日は伊達が夕ご飯を担当。えっと…佐久間は野菜、鶏肉、コーヒー、チョコレート、変態魔神♪…伊達のオリジナルソング。彼は誰かの為にご飯を作るとき、その相手の好物を歌詞の中に折り混ぜて歌う。よく雲母を笑い死にさせそうになっている癖だ。
勝手知ったる冷蔵庫を開け、5秒ほど考えたのち。うん、今日はねチキンリゾットと…生春巻き。

ーーーーーーー紆余曲折ーーーーーーーー

「というわけで今夜は麻婆豆腐です。暑いときこそね」
「ほんっと辛いもの美味しそうに作りますね伊達さん」
「ウン、辛いの好きなん」

生春巻きがどうなったのかは定かでないが、ライスペーパーが見当たらなかったらしい。それでもあまり辛いものが得意でない佐久間のために、当社比1/5くらいの辛味目安。全然辛くなくて美味しい。嬉しそうに佐久間が豆腐を頬張っている。

「今は辛いのもけっこう食べられるから…俺も助かるんだ」
「…ん?」
「…えっと、佐久間、わかんないひょっとして?」

伊達さん、オールラウンダー。ハルさんネコ、てことは。

「あ、そういう…」
「ネコであんま辛いもん食うと…そりゃ大変な……ゴホッ」

自分で振っといて逆にくらって咽せるとか。面白いので放置したまま佐久間は配信番組を探し始めた。

「佐久間たちはいつも何見てたりするの?」
「今日はね、これかな。でも先輩好きなのあったら…」
「やー俺ね、これが一番見たかったのよ!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「俺ここで寝るー」
「ここでいいの?じゃああとで掛けるもの持ってきますね」

リビングの一番大きなローソファを陣取った伊達の隣に座り、佐久間は伊達の好きそうなチューハイ缶と軽い肴を並べる。今日は常連の牛尾さんから頂いたシシトウを甘辛く煮たやつと、山芋短冊を海苔と梅ペーストで和えたの。開けたての壱岐はロックで。
目星を付けておいた番組が流れる中、伊達は缶をグラスに注ぎ、ちびちび呑みながら佐久間の作った肴に目尻を下げる。

「あー懐かしいなシシトウの。大学で食ったやつ」
「え!覚えてたんですか?」
「覚えてるよ俺。お前らの作ったもんも何でも」

自分より何より後輩が大好き。
伊達はそういうところが顕著にあって、自分を慕う後輩可愛さに、そういった誘いを断り切れず、修羅場に巻き込まれることも多々あった。その都度紙一重で切り抜けられてこられたのも、可愛がられた後輩達の助力によったりするのだ。
伊達先輩からは目を離すな。連携・根回し大事。

「佐久間の作るやつ、野菜のが特に凄いんよ。いつもびっくり…する…ん…」
「うわ嬉し……って!…ウソだろもう?伊達先輩?」

開始数分。ソファの背もたれに全身預けてグニャグニャしながら笑う伊達。伊達は酒好きだが弱く、一定量回ると使い物にならなくなるのだ。出したのは普通のチューハイ缶なのに。けっこうに疲れ溜まってたかな?佐久間が缶を確認すると、そこには9%の文字。

「あー…千弦専用のだったか…」
「…これ結構なストロング…だなあ…」
「ごめん先輩…まちがえちゃった…」
「だいじょぶだいじょぶ」

ソファにしなだれかかっていた伊達の身体がゆっくりと横たわっていく。佐久間はいつも喜多村にしているようにその上半身を膝に移動させ、手足の位置を軽く整えてやる。

「…佐久間はぁ野菜、鶏肉、コーヒー、チョコレート、変態魔神♪…」
「何歌ってんですか」
「こうやって確認してご飯つくるの」
「じゃあ、ハルさんのは?」

ハルちゃんはワイン、鶏肉、お刺身、チョコレートケーキ、俺〜♪ そんで千弦はね、ビール、お肉、うどんとパスタ、そんで…そんで…

「…肝心なとこで寝るとか」

膝枕するとテーブル遠い。酒足せないし、つまみも遠い。佐久間は寝息を立て始めた伊達をそのままに、また配信を見始める。懐かしい俳優が出ているドキュメンタリー。なんだっけこの、この人の出てたあの映画の、最後のシーンの、なんだっけ…佐久間が小さな独り言を繰り返し始めた時、眠っていたはずの伊達の腕が伸び、佐久間の肩を掴んだ。

「先輩?ごめんうるさかっ…」
「……」

首に回された腕に引き寄せられ、体勢を崩した佐久間が伊達の上に倒れる。佐久間が慌てて身体を起こそうとした時、佐久間の耳元で伊達が落とした言葉。

「…ち、づ」

今言ったよなたしか。ちづる、て。大学居たときからこいつら怪しかったん知ってた。付き合ってると思ってた。誰に聞いても言葉濁すし二人いつも一緒だったし。だから俺は千弦が学校辞めるときも、何も言い出さなかったんだ。勿論告るなんてことも。心の中に住んでる相手がいるなら、俺は千弦を困惑させるようなこと、したくなかったから。

「先輩」
「…んーーー」
「伊達先輩。起きて。ねえ」
「んなに…あれ?佐久間?」

ようやく半目を開けた伊達は佐久間を見て一気に酔いが飛んだ。佐久間の目が見たことない色になってる。いや、色とかはそんなわかんないんだけど、内側から光ってるみたいな輝き。これ…俺は何をやらかしたの?

「大学いるとき先輩、千弦と、付き合ってたの?」
「つきあってない(ドきっぱり)」
「今寝言で名前呼んでた」
「…つきあってないの。ほんとなの(威風堂々)」

なにもういきなり。寝言は覚えてないけど、俺らは酔っ払ってチューしたくらいだよ。そういうのはノーカンにしといてお願い。伊達は佐久間を優しく抱き締めた。強張った背中を摩ってやると、佐久間は溜息を着き伊達に身を預けた。

「ヤキモチ焼きさんだな〜鬼丸くんは」
「…ホントのところを知りたかった」
「ホントのところ?」
「先輩と千弦のことは暗黙の了解みたいなってて。調べようもなかったし、どうしていいかわからなかった」
「…そっか」

あのさ大体俺は既に振られてるからね?あ、軽い気持ちで告ったやつだから気にすんなホントだから。佐久間、お前はさ、今目茶苦茶愛されてんの。千弦があんなに固執すんのお前だけなの。

「じゃ、お前も千弦に秘密作っちゃうか」
「ひみつ?」
「…ひみつ。この俺と」

佐久間が問いかけたその唇が、伊達に塞がれた。手足を巻き付けられ身動きの取れない佐久間は、最初は抗っていたが徐々に脱力し、時折伊達の上で小さく跳ねる。奥深くを暴かれるようなキス。互いの身体の狭間、少しずつ兆していく熱に、否が応でも今している行為の意味を思い知らされる。

「…っせんぱ…だめだこれ…」
「これで、おあいこ」

テーブルの上に置かれた携帯が短く鳴って、画面に喜多村のメッセージが現れる。いつものようにハートマークで飾られたそれには、明日の朝には戻る、と記されていた。
酔っ払ってチュー。そういうのはノーカンにしといて?伊達は佐久間に回した腕に力を込め、もう一度唇を合わせた。優しく啄むようなそれは、きっと喜多村もされたことがあるに違いない、染み渡るような優しい温度の他に、秘められた熱さも感じられて。


ー お前ら全部、俺んだ… ー


流れ続ける無機質な音声。テーブルの上、グラスの氷が溶け小さな水音が立つ。佐久間の混濁する意識の中で、伊達の、色を違えた瞳の奥に見え隠れする焔が静かに煌めいた。

まるで佐久間のそれと呼応するかのように。




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