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smashing! あまぐりひがきのそのめぐみ
佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。非常勤である、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。そして最近、伊達の後輩獣医師・設楽泰司も彼らの家で同居を始めたところ。
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「鬼丸せっかくあの家のグリーンカード持ってるんだからさ」
「そういやサバゲーん時もらってるね俺…」
「そこで、栗拾いなんですよ!鬼丸院長」
週末の午後。本日は快晴。喜多村・佐久間の二人は伊達の家で過ごす事に。家主3人はそれぞれ仕事やら実家の抜けられない用事で留守。留守だけど別に何しててもいいよー。伊達ののんびり発言により「別荘(仮)で過ごす週末」を楽しもうと犬のリイコも連れてきた。リイコは一度来ただけのこの家を勝手知ったる顔で歩き回り、縁側の一番気持ちのいい場所に陣取っている(伊達の定位置)。
「栗ご飯が食べたいなあ」
きっかけは佐久間の独り言。佐久間はなんとかご飯、おこわ、炊き込みの類が大好きで、とにかく何でもかんでも米と一緒に炊き込む癖がある。その佐久間の大好物は「栗ご飯」。
伊達の所有する小さな山林。小さいからと言って侮れないのは、四季を通じての味覚が所狭しと植わっているのだ。近所のおっちゃんとか、最近は庭師の優羽くんにも相性とか教えてもらって、ちょっとずつ植えてくのよ。そうして出来上がったのがこの「贅を尽くした山の幸溢れる裏山」。
冷蔵庫に伊達が用意してくれていたバクダンおにぎりを食べ、佐久間と喜多村はいつものアウトドア的装備で、茹でささみをもらえたリイコを連れ裏山へと出かけた。
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初秋の山はそれなりに気をつけないと、蛇や蜂の被害もあったりするので、一番危険の少ない「手入れされた道」を歩く。喜多村が広げているのは、伊達お手製の「たからのちず」(クエストみが漂ってまいりました)。
「…千弦、それは…」
「おにぎり包んであったやつ。まさかこんなん作ってるとは。あの人ほんとこういうの全力だからな…」
さっくりとだが、このあたりの地形を正確に捉えた地図には「栗ゾーン」「あけびゾーン」「椎の実ゾーン」「ホンシメジゾーン」。
そして外れに当たる団栗の群生の先に書かれているのは「謎ーン」。
なぞーん…うん、わかりづらい…。
雅宗先輩はきっとここを調べて欲しいんだな。その前に栗を取ろう栗を。二人は現在地から一番近くにある「栗ゾーン」に足を踏み入れた。
栗の木って意外に低いね。両手を広げたように伸びた枝の先が毬栗で撓んでいた。すでに落ちてるやつは虫食ってるからとりあえず避けて、枯れ枝の二股んとこで毬栗挟んでひねって落ちてくるのを踏んでこう。こうやって。佐久間と喜多村は落とした毬栗をマウンテンブーツでぎゅうぎゅうと踏みつけ、ごろごろと出てくる大きな栗の実を軍手で集めていく。喜多村は軽口のついでに何気に佐久間を見た。すると今まで見た事のないくらいにうっとりとした、いわば激シコ顔。しかしいっそ爽やかすぎるシコ度なので踏みとどまり、魔神降臨は回避されたのだが。
「鬼丸、すごい嬉しそう…」
「栗拾い、ものすごい久しぶりなんよ、小学校くらいかな」
「俺もそんくらい。でもこんないっぱい採れなかったけどさ」
ツヤツヤの大きな栗の実大漁「栗ゾーン」、ここから一番近いのは、あんまり触れたくなかった例の「謎ーン」。どうする?いちおうフラグ回収しとく?二人は小さく頷きながらその先の「謎ーン」へ。パキパキと足元の枯れ枝を鳴らしながら踏み入れたそこは、ふかふかに手入れされた柔らかな地面と団栗の木々。二人の後ろで木に生えた茸を気にしていたリイコが、いきなり「謎ーン」の先へ飛び出した。
「ン!ォン!ォン!」
「えなにどうしたリイコ!!!!待ってちょ!!引っ張っ…」
走り出したリイコのリードに翻弄され、木の根っこに足を取られた佐久間は思わずバランスを崩しすっ転んだ。喜多村が慌てて駆け寄ると、佐久間の周りをぐるぐると回りながらリイコが鼻を鳴らしている。悪いと思ったのかな。佐久間を助け起こす喜多村は「そうじゃなかった」事を確信した。佐久間の倒れたあたり、1本の団栗の木の根元をリイコは一心不乱に嗅ぎ周り、軽く掘り始めた。すると黒い石のような不思議な物体がごろごろと現れた。喜多村はそのうちの一つを手に取り、鼻を近づける。
「…まさかリイコこれ…そんな…」
「千弦、これって」
「この揮発性の感じに甘栗みたいな匂い…アレだな」
伊達の裏山には「トリュフ」まで生えていたのだった。
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ー あァ、謎ーン見てくれたんね!持って帰っていいんよ!ー
ー これどうしたん雅宗先輩 ー
ー え?植えたら増えちゃったアハハ! ー
佐久間と喜多村、そしてお手柄のリイコは謎ーン探索後、取り急ぎ山を降り伊達の家へ。けっこう掘り起こしちゃったから、両手いっぱいくらい採れてしまった。電話を掛けた喜多村に、伊達はのんびりと笑いながら「お米の中に入れとくと香りよくなるんよー」とだけ伝えて切った。領地をうっかり荒らされても全く動じることのないモノノフ。
「なんか、ハルちゃんが喜ぶからいろいろ増やしてたらあんなんなっちゃったってさ」
「そっか、伊達さんほんとハルさん大事なんだね」
あの二人の間に設楽が加わったことで、雲母があの二人と笑っていたり喜んでいると本当に嬉しい、と佐久間は思った。
人の心は、人それぞれだ。楽しい、嬉しい、愛おしい。全部似ているようでどこか違ったりもする。あの三人はたまたま伊達さんを共有する形だから上手くいっているのかもしれない。だが全ては本人たちにしか預かり知らぬこと。詮索も言ってしまえば「余計なお世話」。だからこそ佐久間は心を配る。愛する友人たちが皆互いに愛し愛されるようにと。
「ね鬼丸、これ片付けたらさ一緒にお風呂入ろ」
「うん、じゃリイコも来るか?湯船でっかいから泳げるぞ?」
佐久間の言葉がわかったのか、リイコは自分用のブラシを咥えて風呂場に向かっていった。一度体験したことは覚えている。頭のいい奴だな。トリュフもなんかどっかで覚えてたんかな。考え込んだ佐久間の不意をつき頬に軽くキスをした喜多村は、嬉しそうに後をついていく。その間何故か脱ぎ散らかしていく服を一枚一枚拾いながら、まだ部屋に漂うトリュフの若い香りを追う。
「なかなか、熟成ってのは思うようにならんな、人も」
(修行も然り、よ)その時なぜか頭を過ぎった兄の達丸の声。ほんとだね兄さん。苦笑しながら佐久間も、なにやら賑やかになっている風呂場へと向かうのだった。
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