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smashing! こころをひらくよきものは

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。


「すまんが邪魔する」
「大歓迎だよ!銭湯は大丈夫なん?」
「ボイラーの点検兼ねてちょっと改装するから、その間休むんだ」

ウミノ湯には先日もう一人、住人が加わった。店主の羽海野真弓の長年の付き合いの恋人・九十九龍一だ。赤道に近い国の海洋研究所で行っていたプロジェクトをやり終え、定年を待たずして(さっさと)帰国。10年ぶりにいきなり現れ羽海野を動揺させたのだが。
九十九が海外に行ってからは約10年間一人暮らし。そんな中、昨年スタンダードプードルの龍馬が加わった。普段龍馬は、隣の羽海野の父の経営する駄菓子屋に「営業部長」として常駐しているのだ。

私用で訪れたとある商業施設。ふと目に止まったペットショップのウィンドウ。際立って大きく見える子犬(実際大きかったんだけども)がそこにいた。自分を見て微かに鼻を鳴らす姿を放っておけなくて、その子犬を購入するとそのまま佐久間の病院へと連れてきた。
ショップ常設のペットクリニックでも診断された通り、子犬は少々運動不足なほかは元気。これまで犬など飼ったこともなかった羽海野はおっかなびっくり子犬と接しながら、喜多村の書いてくれた「お世話リスト」を手に、子犬を連れて帰宅した。
己のパーソナルスペースが至極狭いものになっていた羽海野にとって、ほんのちょっとだけその範囲を広げてくれたのは、スタンダードプードルの龍馬だった。


「今日もリウ先生いないんだ?」
「籍があった大学のほうで残務があるらしい。なかなか簡単には辞めさせてもらえないってぼやいてたな」
「じゃマミたま泊まってったら。鬼丸の兄ちゃんが旨い肉やら送ってくれたんだよ」
「おっ、いい時に来ちゃったな」

龍馬はこの病院の愛犬であるリイコと割と仲が良く、なにも話すこともなく並んで座っていたりする。普段は病院には立ち入らないリイコも、龍馬の声がすると診察室まで覗きに来る。今日は龍馬が来ているからと、リビングで二匹が伸び伸びと寛いでいた。いつもの伊達の定位置で。

「こいつら何話してんだろねー」

階下の病院の片付けを終えた佐久間が、二階のリビングに上がってきた。先にキッチンに立つ喜多村の背をぽんと叩き、冷蔵庫に入れてあった焼酎とグラスを手に戻ってくる。

「肉は千弦におまかせなんだ。すっごい美味しくなるんだよ」
「ああいう顔ってのは肉が好きなんだな」
「あ、リウ先生も肉好きだな確か」

いろんな方面で肉食なんだよう。先付けや肴を持ってやってきた喜多村は、リイコと龍馬の前にも茹でたささみの乗った皿を置いた。二匹はものすごく嬉しそうな顔(をしてるように見える)で即完食した。

「あれな、悪即斬みたいだな…」
「あマミたま、ルローニ好き?誰好き?」
「そこはサイトーだよねマミたま」

どっちかって言うとリウ先生ってサイトー寄りじゃね?喜多村が笑いながら肉の支度にキッチンへと戻っていった。佐久間の酌をグラスで受けながら、小さな声で羽海野が呟いた。

「…俺はアオシかな」
「マミたま、だいぶ砕けてくれたね」
「そうか?」
「龍馬が来て俺ら仲良くなって、リウ先生帰ってきたらもっと仲良くなれたよね」

にこにこと笑う佐久間に否定もせず、羽海野はグラスを口に運ぶ。少し照れ臭そうに緩んだ目元。そうだな、それは言えるかもな。


心のガードを解くのはいつも、側に寄り添う大事な存在なんだと思うから。




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